───あれは、暑い夏の日だった。



オレが住んでいた安アパートには、古いエアコンはついていたけれど、倹約!なんて言ってなかなかつけることがなくて。

窓を全開にして扇風機にあたりながら、毎日のように遊びに来るニノとふたり、ぺろんと伸びて、なんとかその日を過ごしていた。





蝉の声がミンミンとうるさい。

流れる汗を拭いながら、ニノはゲーム、オレは締切の近いレポートを仕上げてた。



「ニノぉー、ちょっとぐらい手伝ってよーー」

「俺はもう終わったもん。だいたい手伝ったりしたらあんたのためにならないでしょ?」



そんなことを言いながらも、冷たい飲み物なんかを持ってきてくれたりして。

いつも通り、やってたんだ。







なんであんな話になったのか、全然覚えてない。


「あーー、彼女ほしーー。癒されたーい」

そのまま、レポートをほっぽって後ろに倒れ込んだ。

「ねえ、ニノーー。なんで彼女つくんないの?結構モテるじゃん」

「それはあんたもでしょ」

「オレよく聞かれるもん。二宮くん紹介してもらえないかなぁ?って」

実際、そういう子は多いんだ。
オレだって別にモテないわけじゃないけど……なかなか続かないでいて。
つきあっても……「思ってたのと違う」なんて言われて、いつもすぐフラれちゃって。



「そうだ!好きな子いるからっていつも断ってるよね?今日こそ教えてよ!
ニノの好きな子って誰?ねぇ、誰なのー?
ミサキちゃん?あ、もしかしたら一番人気のユキちゃんじゃないの??ねえねえ、教えろよ!」


ニノの肩を抱いて顔を近づける。
ほっぺをくっつけてグリグリして、ぜったい聞いてやろうって……
なんでそこまでムキになったのか、わかんない。いつもなら流してるのに。



ずっと聴き続けてたら、ニノは手を伸ばして俺を押しのけた。

ふぅ、とニノはひとつ、ため息をついて。




「そんなに……知りたいの」

「知りたい!」

「後悔するよ」

「なんだよそれ!教えろよー!」

「お前だよ」




……え?


一瞬、あんなにうるさかった蝉の声が、聞こえなくなった気がした。




「俺の好きなのは、相葉さんだよ」


「え、あ、やだなぁ、冗談……」

「冗談なんかじゃないよ。俺が好きなのは、お前だよ」














オレさ……あんまりビックリして、なんも言えなくて。
声も、出なくて。
まさか、まさかまさか、そんなこと言われるなんて、全然思いもしてなかったから。

固まっちゃって。


そしたら、ニノが、ニコッ、と笑って。


「ほら、だから後悔するよって言ったじゃん。忘れて、今の。」

「忘れて、って……」

「ホント、ごめん」


なんで謝ってんだろう、とか。
いつから?とか。
どうしてオレ?とか。
なんだかぐるぐるしちゃって、なんも言えないオレに、


「俺、帰るわ」


って言って、ニノはそのまま、オレんちを出て行って。

それから……

なんとなく……ぎこちなくなって。
だって、どうやって接していいのかわかんないし!
ふたりになったら気まずくなるような気がして……避ける、って程じゃないんだけどさ……。

あんだけ毎日のようにオレんちに遊びに来てたのに、来なくなって。

卒業したら……会うこともなくなって。

電話すれば…メールだってしようと思えば出来たのに、出来なくて……。

あの夏の日の話を一度もしないまま、オレたちは疎遠になっていっちゃったんだ。











久しぶりに会うニノは……まあ、雑誌やなんかでたまに見かけてはいたんだけど、あの頃と全然変わってなくて。


隣に座るニノの気配だけを体の片側に感じながら、ただドキドキしてた。










「いやー、久しぶりに飲んだ飲んだ!」

「また時間作って会おうぜ」

「なー」

口々に言いながら、店を出る。

結局、ニノがオレの隣に座ってたのは最初だけで、そのあとは席なんか関係ない感じで飲んで。
でも、オレはイマイチ集中出来なくて。
いつの間にかお開きになってた。


オレとニノは帰る方向も一緒だから……
学生時代の飲み会と同じように、3人と別れる。


駅に向かう時も、電車の中も、無言で……
何話していいのかわかんなくて。



ただ、黙って窓の外を眺めていた。