最初に言わせてもらうと白光がACIDMANの楽器の中で一番好きだということです。
廻る 廻る その核へ、and world以降でACIDMANの到達点の一つとも思っている楽曲であるということも付け加えておきます。

一度聴き始めるとエンドレスリピートの白光。大木さんはこれまで一貫して『ラブソングは作れない。』と言ってきたけど、ずっと白光を聴いてると、妄想がすごい膨らんできたのでその話をします。

(楽曲のイメージを損なう可能性があるので嫌な予感がする方は今すぐ画面を閉じてください)




白光は歌詞の通り世界の終わりを悲しくも儚く、且つドラマチックに描いていて、メロディ、サウンド共に最高傑作の楽曲なのだけど、「僕ら」という言葉が人類と捉えることもできるし、「あなたと私」、つまり男女と捉えたら、これってSFラブストーリー的な捉え方もできなくはないんではないか、と最近思った。

太陽が終わる音に 
僕らはじっと何もできずに
体温が消えないように 触れていて

最初のサビの歌詞を

体温が消えないように
(あなたに)触れていて

と二人称を頭の中で加えてみると、ものすごく愛情を表現している感じがした。

その感覚から、白光で描かれているのは世界の終わりではあるんだけど、そのバックグラウンドとして、愛の成就という設定もあり得るんじゃないかと思った。

要するに、ある2人の愛の成就と引き換えに世界の終わりがやってくるみたいな…。

2人が結ばれることが世界の終わりのトリガー(セカンドインパクト的な?)となってしまって、その結果、世界が終わる瞬間を表現してる…?そんなことを考えた。
(人はこれを妄想と呼ぶ、ということは重々承知です)

すごい雑な例えになるけど、最終兵器彼女のラストみたい、というと伝わりやすいのかな。


僕らの星の化石が笑ったよ
どこか遠い星で君が笑ったのかな

という歌詞ではさりげなくSUSYでの

遠い星に眠る化石達も 笑うよ

の伏線回収してるのもエグい。
と言っても新世界のコンセプト自体がパラレルワールドだから、こういう歌詞が出てくるのも自然な流れでもあるのだけど。

最後のサビでも

太陽が終わる音に
僕らはじっと抱き合ったまま
体温が消えないように
(あなたに)触れていて

太陽は輝いていた
僕らは何を許されるだろう
体温が消えないように
(あなたに)触れていて

と考えると、お互いの愛のために世界の終わりを選ばざるを得なかった2人は世界から許されるのだろうかともがきながら、世界が終わる瞬間まで深い後悔に苛まれていたんではないかと想像して、勝手に胸が苦しくなった。

白光では歌詞には書かれていないけど歌う箇所がACIDMANの曲の中ではかなり多い方になるんじゃないかな。

最初のサビに入る前
Cメロ(?)に入る前
ラスサビが終わった瞬間

最後の星もラスサビの後ずっと歌ってるので一概には言えないけど、この妄想を補う感情という意味で考えると、これまたエモくなる。

アルバムラストのto genで2人は(肉体があるとも限らない、まさしくALMAとなった状態で)桃源郷に辿り着いたんじゃないか、とも思った。


ミレニアムでも

千年先できっと会おう
必ず君を見つけ出すよ

と歌ってるわけで、一部を切り抜いたらめっちゃ胸キュンな歌詞はACIDMANの中でも結構あると勝手に思っている。

ここまで書いといて、異論反論しかないことは想像に固くないけど、こんな裏設定があったらマジ映画やん!クリストファーノーランが映像化してエンディングに白光かかったら号泣してしまう、きっと。





キモくてごめんなさい。