はじめに
1年前に起こりました災害によりお亡くなりになった方々へのご冥福をお祈り申し上げ黙祷を捧げます。ご親族の方並びにご関係者の方、家をなくされた方のこの1年の重みを思いますと言葉の無力さを思い知らされます
東日本大震災の時も同じ事を思いました。『wasurenai3.11』、、、忘れない。
あのような大事件であり大災害が起こったこと。完全に忘れる人はいないと存じます。
けれど、本当に忘れてはいけないこと、忘れてほしくないこと。私たちは本当に理解してこの言葉『WASURENAI』を解釈しているのか不安になります。色々な見方があると思われます。特に当事者の方々。時が経てば経つほど、本当は言いたかったこと、今だから言える事…おありかと存じます。そのような皆さまの思いを少しでも教えて頂けたら幸いに存じます。不学ゆえ不躾な言葉を並べ立てております事、ご容赦くださいませ。時を経ましても人々の平和への思いが色褪せることのないよう願っております。
安佐南区の公園から撮影致しました山肌です(遊具に隠れて見えにくいです、すみません)
道を歩いていましたら、地元の方とお話しすることが出来ました
当時の被災の状況など詳しく教えて頂きました
そうしてお話しの中で最も驚いた事がありました
「1年が経とうとしている今。ボランティアの数が足りない」
と言われたことでした。
現にその場を歩いておりましても
傍目からはまだボランティアが必要だという事までは気が付きにくい状況でした
1年前に拝見しました光景から推測しまして、はっきりとした呼び掛けがありましたら、この街の方はお手伝いなさると思います
ただ、やはり1年が経ち、見た目にすぐにはお手伝いが必要なのかどうか分からない状況では、よほどの意志を持って復興に取り組んでいらっしゃる方以外は、なかなかお手伝いしづらい状況にあるのではないかとも思いました。
ネットやフェイスブックなどでボランティアが必要な状況は分かるようになっていますが、自分で情報を追いかけないと分からないのだなぁと思いました
広島市復興連携本部 ↓↓↓
http://hiroshimavc.jp
災害が起きてすぐは、早く通常の生活が出来るように多くの方が手伝われたことと存じます。
それが何ヶ月か経ち、ひと段落しましたら、今度はお手伝いに参加なさった方々も普通の生活を送りたいのは当然のことと存じます
きっと平日はお仕事、お手伝いはお休みを返上して参加なさった方ばかりだと思います
学生さんでも本業の勉学に集中したいかもしれません
お休み返上でのボランティアは心身に大きく影響することも理解しなければなりません
ボランティアの方たちにも生活があります
自分たちも日々バランスを取って生きていかなければならないです
この1年という時は短いようで長くもあります
1日1日、復興に関わる中で心身の疲労を癒す時も必要です
これだけの期間をもってもまだなおお手伝いが必要な場合に市や県や国が何か特例の措置をとって頂くことなど出来ないものなのか…と正直思いました
例えば、肉体作業の必要なお手伝いには消防の方や自衛隊の方を1日に数人と決めて派遣して頂いたりなどお願い出来ないものかと思うのですけれど、すでにそのような体制のなかでボランティアが足りないと言われている場合は申し訳ありません。勉強不足及びリサーチ不足です。
このように行政のお話しになりますと、本題からかなり逸れたお話しになりますので本日は割愛致します。
1年前のこの日。
一瞬にして流されてしまった大切なひと、モノ。
ただただ、弔うための1日にさせて頂きたいと存じます
私はいま、現地から離れた所でこの文章を書いています
現地を思いながら書き込んでおりますと、そちらでお見受け致しました秋桜が目に浮かびました。
犠牲になられた方々が花と一緒になり、風に揺れて微笑んでいらっしゃる
(私にではなく、ご親族やご関係者の方に向けてです)
今は安らぎの世界にいらっしゃると思えましたら、、、
ほんの少しだけでもお心の慰めになる光景と出会われたらと願っております。
心を沿わせられるほどの厚かましい事は出来ませんけれど、関わられたたくさんの方々の平和と安らぎの世界を思う1人としまして、仲間に加えさせて頂けたらと存じます。
原爆ドーム近くの旧太田川です