なんだか今年は、まわりの人間がよく結婚していく。


結婚って美味しいのかな。


もうわからなくなってきた。


結婚済の友人は、愚痴ばかり。


小さなことが積み重なって、


それが成長型の負のパワーになる。


わたしにとっては、


旦那さんの悪い点という彼女の指摘は。


蚊に刺されるような些細なこと。


恋人同士のときにきづかなかったこと


そりゃああるわな。


結婚っていう契約をしたら、そりゃ


双方に甘えも油断もでてきます。


まして、子供ができたら、お母さんはほんとに大変になるし、


過剰に相手に求めるものも大きくなってしまうこともあると思う。


でも、根本的に


旦那さんの気持ちも理解しようとするその心がけでも失いたくはないものだ


と思う。


もう 結婚をしたら、恋とは言いがたくなる関係というものも飲み込まなくては。


人間が共に同じ屋根の下で生活するとは、理解できないこと、賛同できないことがあって


当たり前である。


それで、悪口や不満がでてくるのも当たり前。


しかし、そこで、口に出しても消化はせず、いつまでもそのものは留まるでしょ。


だったら そう思ってしまっても


ほんとうにそうなのか考えてみるのも悪くない。


自分だけががんばって


自分だけがこんなに辛くて


ってヒトはよく言う。


ほんとうにそうなのかな。


自分だけっていう思想は、ヒトを余計に追い込む。


自分だけじゃないことを忘れないでほしい。


周りの気持ちを考えられるようになったら


それは新たに よい環境を育める兆しだと思う。


不満を言う前に、 周りのヒトが喜びそうなことを


考えたら、楽しくなるよ。


疲れて帰ってきたヒトに


やさしい「おかえり」が言える様になるといいね。


朝、目が覚めたときに


あったかい「おはよう」が言えるといいね。


ヒトは鏡と言うけれど、


そのとおりだと思う。


話すヒトが感じ悪ければ、感じ悪くなるし、


怒ってれば悲しくなったり、また自分も怒ったり。


自分は そんな鏡にはなりたくないな。


愚痴も、第三者に話すのももちろんいいんだけど、


結婚がだめになったわたしに言われても・・・ねぇってなっちゃう。


結婚できただけでも、充分なのにね。


そこから幸せになるか、だめになるかは、自分の腕にもかかってるっていうのは少しあるでしょ。


がんばって欲しいな。


もっと素直に、 笑顔で話し合えば、きっといい方向に向かっていくと信じてね。

結婚がだめになってから


1年と数日。


彼への想いが下降するわけでもなく、


逆に募るばかり。


こんなに近くに住んでいるのに、


二人の距離は遠距離なみに遠い距離で、


家なんて見えちゃうのに、


見ちゃいけない関係。


相手を責めるのをやめて、


自分が何ができるかを考えることができるようになっただけ


去年よりはマシな自分。


好きなもんは好きだし、


何かを期待してばかりでは


勝手に裏切られた気持ちになることもあるから


期待することをやめました。


張り合いがないと言われたらそれまでだけど、


張り合いがあるから生きているわけでも


ヒトを愛しているワケでもない。


相手に求めるってことは、三輪さん曰く、


まだその段階では【恋】なんだって。


【愛】っていうのは、自分への見返りは期待しないことであり


相手を自分のことを考えずに思いやれること。


難しいことだし、そんな簡単に思ってやれることでもないんだけど


わたしはいま できています。


この恋がうまくいかなくなっても、いまでも充分 順調ではないんだけど


人生の中で、1人の自分以外の人間を、


自分以上に愛せたってことは、自分の中でとても貴重で幸せなことだって


思う。


一生に流す涙の量が決まっていると聞いたことがあるけど、


一生に愛する男性の量は人それぞれ。


わたしは、勘違いだったら後で笑えるけど、


自分の中では、もう彼 1人で満腹なんです。


ここまで、タフになるには


ほんとにいろんなことに耐えて、


彼の態度に血を流しつつ


何度も倒れてはいつくばりながら


歩いてきた1年間。


来年はもっと強くなれるといいな。


髪の毛も切ったし、


また伸ばすし。


みたいなノリで


気楽にいかないと。