1995年シーズンの後、マイナーはクリーブランド-キャバリアーズにトレードされる。キャバリアーズにおける平均出場時と平均得点はそれぞれわずか7.2分、3.2点であった。1995年10月18日にチームはマイナーをトロント-ラプターズのヴィクター-アレクサンダーと交換トレードに出そうと画策したが、アレクサンダーが身体検査にパスしなかったためトレードは取り消しとなった。マイナーのNBA最後の試合は1996年2月20日のシカゴ-ブルズ戦で、出場した最後の5分間は得点がなく試合も26点差で負けている。結局キャバリアーズではわずか19試合に出場しただけであった。
その後キャバリアーズはマイナーに解雇を言い渡した。マイナーはトロント-ラプターズのトライアウトを受けるも、シーズン前に不採用を言い渡される。
引退[編集]
トロント-ラプターズのワークアウトで不採用を受けた後、マイナーは他のNBAチームや海外でのプレイは模索せず引退した。その後のインタビューで「キャリア中ずっと膝の怪我に悩まされていたことも引退理由の一つだった」と語っている。2010年現在、マイナーはラスベガス近郊に定住して不動産投資家をしているとされる。引退後は私生活の平穏を守るためにもインタビューの依頼や公の場へ姿をあらわすことを避けていたが、2010年にはインタビューを受け、そこでは「南カリフォルニア大学や選手時代の知り合い達ともう一度繋がりたいと思っている」と答えた。