頑張ってね。
頑張れ!

って言うの嫌いなんですよ。

頑張るという行為は、形が無いから判断が各々違いますよね。

頑張れー!
と言われる側は、大体がもうすでに頑張っていて、励ましになっているのか疑問。

頑張ってるのに頑張れと言われたら気分悪いでしょうし。

よくあるのが…

次はもっとがんばれ

これ、絶対子供に言っちゃいけないと思う。

こういった表現は日本語の弱いとこだ。

頑張ります、頑張った。頑張ろう
全ては結果が評価になるので、頑張る行為によりどのような成果が出せたかの大小で頑張ったのか、頑張れなかったかが決まる。

ようするに、頑張ったかそうではないかは完全に事後評価であり、悪い結果が出て…

いや、お前は頑張った

は、おかしい。

良い結果が出ない場合、それは頑張れなかった訳で、もっと頑張りましょうとなる。

良い結果が出た場合、それは頑張った訳で、もっと頑張れとはならないのではないのかね?

結果がどーであれ、もっと頑張れと言われるのならば、どっちでもいーじゃんとなる。よって良い結果は生まれない。

勇気をもって、次はほどほどにやれ…とか、次はテキトーにやれ…など言ってみたい。


そーゆー理由で頑張れという発言を躊躇してしまうのですよ。


最近相互読者登録した高校生にコメントして思い返した。

勉強するの意味について。

半数以上が惰性により、勉強させられていて、学ばされているのが現状。

学校教育は個性があるようで無いと思っています。

同じ事を集団でやっているので、みんながやっているからと惰性的に行動しているだけであって、流されて行動するようになってしまう。
だから大人になっても

みんなやっている
私だけじゃない

と、言い訳をし、意識は低きにながれていくのだ。

教育を抜本的に改革しないといけないが、それをすると保守思考だらけの日本の政治が頓挫するからしないのかねぇ。


5日、25日移動平均線のクロスを待つ。
目測トレンドラインを実体抜けでエントリー。リミット25pip
ストップ50pip

いわゆる順張り。
逆張り一辺倒だったんだけど、移動平均見ながらだと順張りがやりやすいので。

見てるのは15分と時間、四時間

25抜きだから四時間は見る必要無いかなぁと思いながらも目線の為にみてます。