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ディスク

RAINBOW
タイトル・KERR-AAANNNNGG!!!
ジャケット・レーベル・AN OBNOXIOUS PRODUCTION RB 1528
レコード・レーベル・Blank
マトリックス・RB-1528 A/B 手書き

SIDE A

Over The Rainbow
Kill The King
Mistreated
Sixteen Century Greensleeves
Long Live Rock’n'Roll

SIDE B

Lazy
Man On The Silver Mountain
Still I’m Sad

(Budokan Tokyo February 3, 1978)

レインボーのライブ音源を収録したBOOTLEG LPです。

ジャットのクレジットによると1978年2月3日、日本武道館で行われたライブのようです。

ボーカルはロニー・ジェイムズ・ディオで間違いないです。

あくまでも個人的な意見ですが、演奏はイマイチ吹っ切れていない感じで、硬い雰囲気があります。

78年の来日公演は長く滞在したようですが、少々飽きも出て来たのしょうか?

LP一枚物なので全曲収録されていないと思います。

ステレオ・オーディエンス録音で音質はまぁまぁです。

今回もあきちぴさんより詳しい説明を頂きました。有難うございますm(__)m↓

1978年の日本ツアーは、札幌で悲しい事件があった年ですね。
事故があったのは1月27日で29日秋田公演、31日新潟公演ときて、2月1日の金沢公演は中止となって、2月3日の武道館が最終公演ですね。セットリストは、主催者側から短くするよう要請があったらしいです。本編は「MOSM」で終わりで、アンコールとして「SIS」が演奏されました。
この時のステージを観た人によると、警備がかなり厳重で、異様な雰囲気のコンサートだったようです。演奏の方もあまりお遊びもなく、淡々と進行していきます。リッチー自身のアクションもほとんどなかったそうです。固い演奏は仕方ないですね。早く終わらせて、日本から出ていきたい、と思ってたかもしれません。

このLPには、ありませんが、" catch the rainbow"の前に、事故の犠牲者に捧げる黙祷があったみたいです。


1978年自体がレインボーにとって、あまり目立ったこともなかったようです。アメリカ攻略の切り札「バビロンの城門」を引っさげてのツアーでしたが、結局「REOスピードワゴン」の前座としての扱い(涙)結構全米各地を転戦したにもかかわらず、「バビロン~」は、ヒットに結びつかず・・・。

6月24日のアトランタのステージでは、REOのマネージャーがレインボーのオープニング演奏中に関係ない照明をつけて、ステージを台無しにされた・・ということもありました。
なお、「ファイナルヴァイナル」に収録の2曲は、このときのラジオ放送用の音源です。

その後、チープトリックの前座として、ツアーは続きますが・・・。
パッとしないまま、8月を迎えて、最後の2公演NYとシカゴはPAの調子が悪くて、キャンセルになって、終わりました。

で、ご存知のとおり、ボブ・デイズリー、デヴィッド・ストーン、そしてロニー・ディオまでもが脱退(クビ)になり、リッチーとコージーは以後メンバー探しに狂奔することになります。





Over The Rainbow・Kill The King(Budokan Tokyo February 3, 1978)

Lazy・Man On The Silver Mountain(Budokan Tokyo February 3, 1978)


今週は引越しなどありましてあまり更新できませんでしたが、来週はガンガン行きたいと思います^^


またあうひまで....