団塊の世代から15 年ほど遅れて生まれた世代であり、これも死語となったが、新人類と呼ばれた新たな感性・価値観を持った世代は、10年ほど後以降に生まれたと把握している。
私の世代は、すごく中途半端な世代なのだと思う。同世代で名を成した人も、心持ち少ない様な気がする。私個人が思い浮かぶ著名な同級生は、皇后であられる雅子様くらいである。
それでは、自分の周辺の世代の特長とは何だろう。私個人は、誕生から少年期まで、昭和という時代とアナログな文化に浸かり、20代の青年期にデジタル化への移行を経験した世代だと思っている。
デジタル化ということでは、はやりパソコンと携帯電話の普及と進歩が生活に即しているうえに、社会への影響も大きいだろう。
私自身が携帯電話を日常的に使いこなすようになったのは三十代半ばであり、平均的なタイミングだったと思う。つまり、携帯電話が日本の社会に普及してから、まだ二十年あまりしか経っていないのである。もちろん当時はガラケー全盛で、スマホなど影も形もなかった。だから、ガラケーという言葉も存在していなかったし、二つ折りの携帯がナウい(これも死語だな〜)と言われていた。
スマホに至っては、私の場合、友人の結婚式のビンゴ大会で当たったiPadを使いたく、Wi-Fiが必要な為に五年ほど前にも買い替えたのが初めてである。
そして、瞬く間にガラケーは姿を消し、スマホは普及してしまった。
パソコンに関しては、20 代に普及が最も進んだ会社に所属した過去がありながら、つい最近まで無縁だった。それが、とある研鑽の為どおしても必要となり、去年の末に初のマイパソコンを初めて手に入れた。
携帯、パソコンが普及するに連れて概念や扱いが大きく変わったのが個人情報という奴である。私の20代の前半では、個人情報という言葉は存在していても、今の様な使い方はしていなかった。
当時、私は全国に事業所を持つ優良企業で働いていたが、事業部の社員名簿は、B5版のサイズで1センチくらいの厚さがあったのだが、全員の顔写真、生年月日、住所、電話番号が載っていた。もちろん、若くて可愛い女性社員もである。
今からおよそ30年前の事であるが、それで何かトラブルがあったという話は聞いたことがない。もちろん、その名簿が外部の不届き者の手に渡れば、利用されても不思議ではないのだが、そういったことは、ほぼ皆無だったのではないか。人の性善説が普通に成り立っていた時代だったのだ。
自分達のオフィスには、課ごとにパソコンが設備されており、いよいよSEの時代が到来すると言われていた。
十年一昔と言うが、三十年前といえば、かなりの昔なのかもしれない。しかし、当時のことは昨日のことの様に克明に脳裡に浮かぶし、僅かの間に常識はここまで変わってしまったのか、というのが私の感慨である。
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