思考の整理日記 - アメブロ時代 -101ページ目

石の上にも三年

技と多重人格について。


何かの本で、

「演技を中断しないことで、それは本物になる。つまり、演じ続けたらそれは演技ではなく、自分自身になる。」

とあったことを思い出しました。
例えば、気の小さい人が、大胆なキャラクターを演じていたとしても、それを(年単位で)ずっと続けることでその人は大胆な性格になれる。(たとえ表面上だとしても)
てな感じです。


絶対的に言えることではないかもしれませんが、これは役者ではない一般の人にも当てはまるような気がします。

自分の話で恐縮ですが、おれはもともと人見知りな性格でした。
(今でも十分そうですが)
少なくとも大学一年生まではそうだったと思います。

それが二年生になりテニスサークルで一年間会長をしたことで、初対面の人とでもそれなりに話せるようになったように思います。
今考えると、これは新歓時に無意識的にも積極的に話すという役割を演じ、それを一年間続けたからではないかなと思います。


結果的には「人見知りな自分」と「積極的に話す自分」という、相反する自分がいます。
つまり二重人格。
他にもまだあるので、多重人格と言えるのかもしれません。

ちなみに、個人的には多重人格賛成派です。
別に自分のキャラクターを一つに絞る必要はなく、様々なキャラクターは全て自分の一つの側面だと思うからです。

もし問題になるとすれば、自分は本当はこんな人間じゃないと本当の自分とのギャップに苦しんでしまうことだと思います。
しかし、本当の自分と演じている自分とのギャップを楽しめるくらいの気持ちでいいのではないかと思うのが正直なところです。


お笑い芸人を見ても、ナイナイ岡村、藤井隆などはプライベートでは非常におとなしい性格のようです。(ほんとかどうかは知りませんが)

それでもいざカメラがまわると、ご存知のようなキャラクターになります。

シャイで恥ずかしがり屋で、人前ではそんなことをしたくないと思う一方、
自分の生活がかかっていることと、そのような性格を隠すため演じ続けることで、テレビの中ではあれほどのエネルギーを爆発させるのではないでしょうか。


人間の脳は奥が深いですね。

どうして火だ出せるの?

先日、就職活動おつかれさまということで、エゴ同学年の現役学生組で集まりました。

メンバーはSだけ、Kちゃん、Tま、大文字、2boy、つばさの六人。

この六人はおもしろすぎです。



学校の都合でTまが遅れて来るということで、五人で先に乾杯。





30分程経ったのち、彼はやってきました。

どう見ても学校帰りでは考えられない程の荷物量。



なんと彼は三人分の花束を両手に抱えていたのです。

Tま、大文字、2boyの三人からのお祝いでした。

(遅れて花を届ける彼のかっこよさはなんなんでしょうね)







花をプレゼントされた時のあのうれしさは、言葉では表現できないものでした。

お花のプレゼントには他のプレゼントにはない、人を感動させる何かがあるように思います。



花を受け取ったあの瞬間、

フラワーを取ったマリオの気持ちがわかったような気がしました。





「フラワーを取ると、マリオはなぜファイヤーボールが出せるようになるのか。」



初めてマリオをした幼少時のおれにとって、この疑問は「赤ちゃんはどうしてできるの?」級の謎でした。

が、昨日ついに解けました。

あまりのうれしさで火が出せるようになってもなんら不思議ではない、そう実感しました。





僕はまた一つ、大人への階段を上がったように思います。

ドイツと京都

世界中の人々に愛されるスポーツブランド、アディダスとプーマ。



この二社はともにドイツの企業です。

しかし、もともとは一つの企業だったようです。





その名もダスラー兄弟商会。



社交的な兄ルディと無口で職人気質の弟アディという共同経営者の下、ドイツで最高のスポーツシューズをいくつも生み出したそうです。



が、その成長とともに兄弟の溝は深まり、やがて決別。

一本の橋を挟んだ対岸に兄のルディは「プーマ」として、弟のアディは「アディダス」として、異なる道を歩むことになったそうな。



詳しくは「アディダスVSプーマ」に書かれています。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4270001275/250-4312333-2263414?v=glance&n=465392








さて、ここ京都でも兄弟間の確執による有名ブランド消滅の危機が発生しています。

その名は一澤帆布。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EC%DF%B7%C8%C1%C9%DB




2001年、前会長・一澤信夫氏の死去後に、長男の信太郎氏と三男の信三郎氏の両者が別々の異なる遺言状を主張し、裁判沙汰にまで発展。

長男・信太郎氏が勝訴したものの、当時の一澤帆布の社員、職人が三男の信三郎氏の下へ去り、道路(東大路通り)を隔てたわずか数十メートル向かい側に、新しく「信三郎布包」を開店しました。





現在、信三郎布包は開店前の行列は当たり前なほどの人気ぶり。

一方で、一澤帆布の再開メドは立っていません。









ダスラー兄弟の確執はその後、W杯やオリンピックなど国際スポーツ大会の裏側で巨大な利権を巡る争いへと発展しました。



一澤兄弟の確執はどこへ向かうのでしょうか。