コミュニケーションを考える | 思考の整理日記 - アメブロ時代

コミュニケーションを考える

ご存知の方も多いと思いますが、京大生による強姦事件について。容疑者の三人は事実は認めているものの、被害者との間で合意があったということで容疑については否認しているそうです。しかし容疑が事実であるならば、それは男として卑劣極まりない行為であり罪を償うべきです。



被害女性にも非があった云々と一方で言われているようですが、今回、この日記を通して言いたいことは他のことです。

次のような記事がありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060127-00000001-maip-soci

この中の若者の対話能力不足について。「女性と付き合うためにはそれなりに工夫や時間をかけなければならず、背景には女性に対する若者のコミュニケーション能力の低下がある。」とありました。

これは違うと思います。確かに、目上の人間に対する敬語や挨拶と言った若者のコミュニケーション能力は悪くなっていると感じる時があります。しかし、「女性に対する」と限定するとはたしてそうなのか。女の子に対してうまく話せる人もいれば、苦手に感じる人もいます。

メールや携帯電話、そしてインターネットによりコミュニケーションの形は昔と比べて変化したのは事実です。しかし、それを昔と比べ一概にコミュニケーション能力が低いということにはならないと思います。

コミュニケーション能力の「低下」ではなく、あくまでコミュニケーションが時代とともに「変化」したにすぎないからです。メールや携帯、そして最近ではお互いのブログ上でのやりとりなどはある意味、コミュニケーション能力の「向上」とも言えるはずです。なぜなら、昔はメールなどなかったわけで現在の若者は多種多様なコミュニケーションを操ることができていると言えるのではないでしょうか。