
幸いにも手元にあるたくさんのモデル達。手にするまでのストーリーや、背景の探求をする。
現物を確認したらお手入れしながら、レンジやラウンドに持ち出してその真価の片鱗を楽しむ。その後には、保管部屋に移行することもあれば、ニューフェイスの影響を受けたりして再び持ち出す。どう考えても振り回す者はブログ主一人なわけで、アクティブになるのはいつも1セット。ま、当たり前のことですが、ニャンコ様のお家に居候しているブログ主は保管部屋以外にも勝手に廊下や階段の踊り場に立てかけているモデルもある。保管部屋は扉を締め切ったままにしているのですが、カバーをかけているわけで日頃のお手入れは少し怠けていられる。廊下のモノについては掃除機をかける度にからぶきしないと、立てかけた隙間にニャンコ連の抜け毛と、爪とぎ段ボールの破片が散乱してしまうもの。
似たような状態ですが、階段の踊り場のモノはそれに加えてこの時期は特に風通しのために鎧戸の窓に隙間を開けておくとそこから外の湿気もおりてくるもんだ。それが曲者で、クロームのシャフトに曇りを運んでくる。今回ネタはこの踊り場モデルのシャフトの曇り取りをしましたっていうネタです。なんてことないネタですが、ここに並んだモデルに特に意味はない。あえて言うなら手にした順で古いモノが並んでいるという感じ。最も曇りが酷かったのは手持ちの中でも古参のマルマン。スイングカスタムの安田春雄モデルで、1973年のモデルでシャフトはダイナミック。お手入れ用のエプロンをして踊り場に座り込んでスチールウールでゴシゴシやる。
指先を金切り臭くしながら曇りを取るのですが、この時代のマルマンにはオリジナルのシャフトバンドがあって、他にもダイナミックの黒いバンドと物品税証紙もある。ついでに程度よく残っているトウルーテンパーのプリントもある。するってぇとスチールウールで無造作に擦るわけにはいかない。お手入れと言ういつものことでありながら、結構面倒な事もあるわけだ。もちろんヘッドも磨いてみるなら、この時代のクローム品質はまるでアメリカンクローム。きっと厚めのメッキ層でも下地処理が入念だったようで、ピッカピカに光沢を取り戻す。これだけでムフフになっちゃいました。この踊り場には74年のヘイグウルトラやマクレガーのDXやDXRもあるし、ホンマのPP717や737も保管中。ヘイグウルトラはウルトラライトと言うオリジナルシャフトのようで、マクレガーのDXにはシャフトバンドが擦れて素性が分かりませんが、時代からすればプロペルアクション。
DXRには赤いバンドのターニーでホンマ以外は半世紀前のモノ。状態はとても良好に見えるのですが、そんな状態を維持するには台風接近の湿気を含んだ空気の中で、汗を滴らせながらこんな作業をするのです。時にクルマのコレクションなどには年間を通して気温や湿度を保つようにエアコンを完備した倉庫に保管する方もおられるようです。我が家のニャンコ連がエアコンは苦手の様子で、以前リビングだけでもエアコンを効かせて一日過ごしてみたら全員ご退出、人が過ごすには暑い位の部屋の天井近くで寝ていた。電気代的には助かるのですが、それは若かった頃のかも知れないので、今後は様子を見ながらとします。クラブの保管部屋はいつも語る通り、二階の南東角部屋。
カーテンは閉めっぱなしですが、空気は動かない中でも錆は心配ものの、すす払いは欠かせない。ここまで手持ちに集まったものは最低でも現状維持を心掛けるのは持ち主の義務。まぁ、それも楽しからずやであって、この趣味の時間はいくらあっても足りませんな。