
そうなんです、このモデルはあのプロが使っていたモデルと同じなんです。既に昔話かも知れませんが、ゴルフトーナメントにおばさまの追っかけを集めたニキビ面…。
じゃぁ無くって、沖縄出身のバタ臭い顔つきのピート泉川プロ。当然ながら、今やニキビ面ではなくなったあのプロの事ではありませんでした。と言ってもそっちのプロが名声を築き上げるために契約していたクラブがヨネックスだったなんて言う話も、今や記憶している方も少ないかもしれない。後にゼロ番アイアンなんてのも話題になりましたが、中古のネットワークではヨネックスのマッスルバックは一定の価値を認められている。んで、こっちのモデルの実績たるピート泉川プロの事を調べてみようと思ったのですが、残念ながらトーナメントの歴代記録者程度として位しか名前が登場しない。ご子息も同じ業界で活動した記録もあるようですが、メディアにも登場していない様子。
ついでにこのモデルの事を現存する米山さんの組織へ問い合わせても何もわからなかった。ブログ主調べという情報で、80年代半ばころに販売されていたモデルのようで、その証となるのが例えばシャフトがアンカー止めになっているところで、それがちょいと出べそになっている。これは明らかに現代モノとは異なります。だとしても、ブレードだけをデータでみるなら、このブログらしくない超モダンな印象がある。振り回してもとても扱い易いし、長い番手はロープロファイルにも見えて、楽に球が上がる。シャフトもオリジナルのバンドに替えられてはいますが、ダイナミックゴールドのR400。ダイナミックゴールドというシャフトは1983年頃の登場で、スペックは時代によって進化しているようですが、長きにわたるベストセラーのスタンダード。
ダイナミックに比べて弾きの要素が強なったという癖があったとしても、それは数の論理で今やスタンダードなキャラクターとして理解されます。癖の強いモデルばかりを楽しんでいると、こうした素直な扱い易いモデルで、実際に振り回しても楽しいというモデルは、ネタにしたようにすぐにお腹いっぱいになっちゃう。
本来ならそこから先に操ってみるという楽しさがあるのですが、それも想像通りだったらまぁ、そうだろうなっていう理解で終わりそうな予感もする。それが違っていたなら、レンジでの球数も増えようというものです。夜長に刻印に色を挿して、バックデザインにあるYYの刻印が鮮明になっても、見慣れない事でモダンな印象を強くします。特徴のないマッスルバックスタイルも整った印象で、30年以上前のモデルとは思えない。そんな風に良くできたモデルが、どんな背景から生まれたのか。ルール改正まで影響したカーボンアイアンの陰に隠れた、もしかしたら名品の誕生は如何なるものであったのか。興味があるものの、今やどこにも情報が残っていません。
ただ、ブログ主の予算範囲外ではありますが、現代に一定のレベルで取引されているヨネックスのマッスルバックを最近見かけると、このトーナメントSPとの共通点はないかどうか、サムネイルをじっくりと眺めてしまう。ところが、そんな提供は多くの場合は5番からであって、このモデルは3番から。その特徴である長い番手はロープロファイルってぇのがほとんど確認できません。でも、ロフトとか長さとかを比較するなら現代5番はブログ主範疇の3番に相当することが多い。ならば5番がロープロファイルだったりするかなぁと睨みつけても、そうは見えない。まぁ、そんな高級品は手にする機会もないだろうし、リンクがあったとしても大した物語も生まれない。
持ち主としては、こんなネタで妄想を楽しめるのも、いいものってぇネタなのであります。