
中坊時代には部活として和弓をやっておりました。なぜにそれを選んだかと思い起こしても、大した理由は思い出せませんが、結局は物にならず。新人戦では入賞しましたが、その3年で終わり。
今でこそ、漫画きっかけなのか巷では弓を持った学生がかなり目立ちます。これもねぇ、石頭からすると昔の弓は弦を外して持ち歩くにも優美な曲線があって、下袋があって上巻きを巻いて持ち歩いたモノ。伝統柄がいろいろあって、柄の伝承も同時に勉強したものです。弓は木材を竹で挟んだ伝統的なモノだし、矢は基本、初心者には竹。羽も矢筈も初心者用があったのですが、鍛錬を積むと、弓はそのままでも、矢はアルミになり、羽は猛禽類、矢筈は水牛の角。持ち歩くにも漆で固められた藤で編んだ筒を組紐で弦を外した弓に縛り付ける。これを持ち歩くにはとても気を使ったものです。練習競技は道着でするものですが、弓道場へ向かうにはもちろん学生服。道着の下はパンツいっちょが基本でした。
そんなおじさんからすると上下にジャージを着こみ、スニーカーで一本棒になったFRPの弓を抱えて電車に乗り込んでくる学生を見かけると、これが弓道なのかと大いに疑問。その昔、石原慎太郎は柔道がオリンピック競技となった時、そう遠からず柔道はJUDOになると会見で訴えていたことを思い出す。パリではその予言通りでしたが、確か剣道もKENDOになるとおっしゃられていた。弓道も近い将来KYUDOになるかもしれません。当時、弓道の部長は小笠原流で、有名なのは鎌倉の流鏑馬で陰陽と叫びながら三射する。奉納儀式故の作法ではありますが、部長は事あるごとにそれは表と裏の事でもあり、続けて的の間に二度唱えることで表も裏もない、表裏一体であることを宣言したものらしい。
翻って、射手は無心である事の証と説いた。まぁ、競技であればいくつ当てるか、誰もが皆中を目指したのですが、欲を出すなといった道を説いたのでしょうねぇ。ってんで、無理矢理の表と裏。マルマンのコンダクターYGであります。
バックデザインからの印象とフェイスからのフォルムがかなり違いませんか。ブログ主が資料から見かけていたのはバックデザインが丸くて長いモダンヘッドに見えていて、今回手にするまでこりゃちと違うかもと思っていたのです。ところがてぇのはこれまでのネタで、ドローモデルの芹沢プロ監修というたった数文字の解説で印象ががらりと変わり、そのフェイスのフォルムが好みの扱いやすいモデルに見えてしまうのです。これは基本的に見え方の演出と思われますが、初期の癖のあるマルマンソールよりはずっと扱い易く、それでもライ角の自由度が高い機能を十分に有している。ついでに美味しい打点も高さを感じる事のないセンター付近にあるし、身構えて振り回すよりも、かなりカジュアルに楽しめる。表と裏ってのは同時に見ることは出来ないもの。このSGも振り回して感触を楽しむことで表は表で、裏は裏ってな印象。
それもまた真なりで、小笠原流の信条とは異なります。閑話休題。弓道経験から今でも尾を引いているもの。その1は体形であります。骨格の成長時期に左右非対称の心技を積んだことで、左肩は前肩でいかり気味、右肩はなで肩になってしまった。結果、社会人になって吊るしのスーツではどんな高級品も肩が心地よく収まらなかった。たもんで、パターンオーダーばかりになりました。その2はやっぱり気持ちの問題。冬の夜明け直後の朝練で立を待っている時には寒くて震えが止まらなかったのですが、いざ、構えると不思議なことに震えがピタリと止まった。フィジカルではなくメンタルな道、究めてはいませんが片鱗を味わったという記憶があります。
実物の表裏は別体でも、趣味道はまっしぐら。こりゃぜったいにSYUMIDOにはならん。