
膀胱結石の手術からニャンコが帰宅しました。いたずらっ子のピーでラコピーというお名前なんですが、本人がそれを認識しているかどうかはわかりません。でも、お医者さんや看護師さんたちにはとってもいい子で、手のかからない患者さんでしたなぁんて言われて、ほんとに心細かったんでしょうねぇ。
ケージに入れてお家へ帰る時もやけにおとなしく、玄関でケージを開けても一歩も出ようとしなかった。ケージは上下に分かれるタイプなんで、蓋を開けて自分から歩き出すのを待つこと数分。やっと起き上がったのはママにゃんの姿を見つけてからでした。例によって傷口を舐めないようにエリザベスカラーというのをつけられて、視界が遮られることで足元がおぼつかない。前足を高く上げて一歩一歩進み始めましたが、ウィーンの伝統馬術の様で笑っちゃいけませんが、それなりに生活を取り戻し始めました。ただ、このカラーが椅子やテーブルの足やら、壁際を歩くときには角にコツンコツンと当たり、きっと鬱陶しいんだろうな。椅子に飛びあがるのも何度か失敗し、階段は踏み外す。いたずらっ子のいつもを知るなら、見ていられない状況です。
また、仕事はお休みをいただいて抜糸を兼ねた診察に行きます。そこでカラーが取れるなら早めに受診が寛容。ってんで、このカラーをつけた状態でも、ニャンコは我が家での生活を本能でこなしているわけだ。見えなくても足を高く上げるってぇのはつまずかないように自然にした事だろうし、いつの間にか二階の棚の上にいましたから階段を上がるのも対処していたというわけだ。ご飯もトイレもそれなりにこなしているところを見るなら、経験則で修正しながら本能的に生活を再開している。特に前足を高く上げて歩くのは、本能的なモノかもしれない。ってんで、人間の本能です。
良くハゲプロがおっしゃるのは、ゴルフってぇのは止まっている球を打つだけの事。適度な運動能力を持つモノなら何のことはないはず。でもあれやこれやうまくなるための工夫とか技術とかが語られるのは、決して本能的な事じゃない。実際には脳科学で分析されるなら、無意識の行動と経験を積んだ結果、潜在意識で対応する行動には大きな違いがあるわけで、これに知識や意識的な記憶からの反射的行動が加わると複雑な人の行動になるわけだ。
まぁ、そんな単純じゃないとはわかっちゃいながら、時にラウンドでいろいろ考えて振り回しても上手くいかない時、すべて忘れてただ振り切ればいいなんてぇ事がある。あれまぁ、ってなことがあるわけですが、そんな時は今のはなんでうまく打てたんだろうと余計なことを考えてしまう。
人間は考える葦であるなぁんてぇのはまことに意を得た表現だと思うのですが、お腹が突っ張ているかもしれないエリザベスカラーで自然な行動が出来ない我が家のニャンコを見て、こりゃ考えた末の行動なのか、もしくは経験者のママにゃんに教えてもらった事なのか。はたまた本能的に行動しているのか。ネタとしちゃ考え過ぎはよろしくないってぇ事かもしれません。早いとこ鬱陶しいカラーが取れるよう、何とかしてやらにゃ。もうちょいがんばやで。