90th Anniv. Macgregor
沖縄が始まりましたなぁ。でも中継を鑑賞することなく趣味の世界へ。ブログ主的にフルセットという定義をパーシモンから、アイアンは二鉄を含んでウェッジまでとしてみる。すると、これですと出てくるものはブログ主の手元には実は少ないのです。
90th Anniv. Macgregor
ウェッジまでというのを9番までと変えてみるならば、いくつか出揃う。その辺を曖昧にして、何があったかなぁと見回してみると意外とアイアンを引っ張り出すのに面倒。コニャンコ連のおもちゃや、並べ替えた保管用のキャディーバックのどこに何があるのか、また、あそこにあるってぇのが見えていても手が届くまで、手前の方を整理しなけりゃならん。レンジへ持ち出して、いくつかの観察をする間、戻すときのことを考えてそのままにしておくと、コニャンコ連の運動会で手前のバックからガシャンガシャンと将棋倒し、たまの朝方に目覚ましの前に起こされることになる。これじゃ企画も倒れそうだ。それでも、そんなバリアを乗り越えて興味を維持してみたのはマクレガーモデル。時々パーシモンも登場する90周年モデルであります。

今日はたまのにちよサンデというのにチョイとお仕事、家事もいろいろとこなし、レンジへ出かけた時には、またデジカメのメモリーカードをパソコンに挿しッパ。ってぇ事で、画は玄関先。
90th Anniv. Macgregor
記憶ではパーシモンのスペックがいささか繊細で、でも、アイアンはよく知る機能。ラウンドに持ち出したのはアイアンだけだったんですな。でも今ならパーシモンも一緒に行けるだろうと、同じバックにフルセットを挿したのですけどねぇ。印象ではロフトが立ち気味のパーシモン、普通に振り回していたら球が上がらないというもの。しかし、今様なら工夫の引き出しを薬局の調剤室の如くたくさん壁面に揃えた状態では、いくつかの組み合わせがある。ウィークに開いて構え、外にウリャーと振り出せば、良けりゃ軽い、悪けりゃ重いドローになったりする。この時代のモデルが伝統に則るのかどうかわかりませんが、フェアウェイウッドが40モデルをベースにしているとすりゃ、M85のフェアウェイウッドを騒ぐ前に、これでもよかったのかもという疑念もわく。でもね、ミュアフィールド時代の国産企画のパーシモンは、腕達者に向けた扱いにくいスペックを“誇った”時代があった。
90th Anniv. Macgregor
パーシモンは扱いにくいのが当たり前というもので、スプーンではブラッシー並み、バッフィーでスプーン程度というロフト。こりゃアマチュアじゃかち上げたくもなる。そんな意識でこのモデルもいくらか敬遠したのかもしれません。でも、今の調剤室には適当な引き出しがあって、レンジで遊んでみるならレベルに振り回す意識だけでこりゃまた楽しい。その日によって違う調子というのが、時たま何がホントなのかを見失うのです。まぁ、アマチュアなんだから、その時が楽しきゃそれでいい。ラウンドだと14回しかないチャンスのすべてに調子がいいこたぁまずないわけですが、レンジなら何度でも打ち直せる。
90th Anniv. Macgregor
アイアンは、ブログ主的な観察ではほとんどミュアフィールドライトと同じじゃないかというフォルム。これに繊細なところがあるとすりゃ、シャフトの硬度やライ角があっていないからとしか思えない。つまりは、良く知るマクレガースタイルとして、どの番手も楽しめてしまうのです。

こんな遊びをしていると、時々思うのですが、パーシモンとアイアンに、スタイルのリンクはあるのかって疑問。根本的にヘッドのフォルムも違うし、長さも違うわけで、機能的には持ち合わせるものが違うんだから、ウッドとアイアンは本来別モノ。
90th Anniv. Macgregor
ってぇことたぁ、ブログ主のフルセットという定義に、根本的な間違いがあるという指摘にもなる。いやいや、遊びなんだから、SSのフルセットはSSのパーシモンを持ち出して面白いわけで、693には985を持ち出すべきところ、レプリカ同士を振り回しても何の違和感もわかない。つまりは屁理屈の正当化がこの遊びには必要ってぇこと。屁理屈をこね回せないと、楽しみが半減する。これも屁理屈ですが、何事も楽しむコツだと思うのですがね。

marusan