walter hagen 1960
アイアンの景色を意識しました。いまだにソファーの傍らには1年以上にわたって、ニクラウスのリミテッドがいます。時々コニャンコらの滑り台にもなったし、天然レザーのグリップに爪を立てるのが気持ち良いらしい。もちろん、そのままだったわけもなく、なだらかに立てかけるよりも、急斜面にして滑り台は免れた。時あればこそ、ショッチュウ磨いたりしているのです。
walter hagen 1960
ついでにというか、これもまたブログ主的には、結果としては同じように見えても違う経緯で、そこに居座ったままのもう2セットがあるのです。それは60年と61年のヘーゲン。シャフト鳴きからグリップを交換したセット。おさまり場所を策定するまでもなく、ベイベーフォーの誕生でそのままになっている。ってか、それ以前からそのままじゃなかったかってぇのはおいといて、ラウンドのことをいろいろ考えて、ウッドブロスかぁ、ってぇ時に、んじゃアイアンはどれだとなる。

そこで、重さは別にしても、バランスの重い印象のある、出しっぱなしの60年ウルトラを持ち出してみようと考えたわけ。交換したグリップも機能を持ったもので、軽くて硬くて、右手が細いというもの。リミテッドのついでにワッグルでもしようモノなら、実際の数字よりもとんでもなく頭が重い感覚もあるし、シャフトがオリジナルプロフィットのレギュラーでも、硬く感じていたわけです。ま、きっかけはそんなところ。
walter hagen 1960
久しぶりにレンジへ持ち出した感覚は、単純結論から言うなら、こんなに違ったっけか、ってぇところです。マクレガーならといういつものくだりにもなりますが、センター打点なのか、ヒールにウェイトが集中していないというか、ウィルソン系というか、とにかくマクレガーじゃないという印象がこうまで違うものなのかといった感じ。

アドレスするなら、なんとも気持ちの良いクラシックフェイスなのですが、そのイメージのまま、ヒール打点で外に振り出してみるなら、なんとも手応えが情けない。球数をこなしても、この手応えがこのモデルの本来といった感覚が一つもないのです。
walter hagen 1960
工夫のリストには、打点を変える、すなわちイメージした打点ではないと理解することで、センター寄りとか、もっと高いんだとか、いろいろとやってみることはあります。ただね、この日の調子では引き出しにある工夫では、楽しい結果にはならないのですよ。

さすれば、人の感覚なんていい加減なもの。それまで、楽しそうじゃんとイメージを積み上げてきた特殊なグリップに文句を付けは始める。右手が細すぎぃ~とか、かるすぎぃ~とか、挙句になんだか貧弱な印象もわいてきてしまうのです。決してそんなことないのですけどね。持ち出したウッドはウッドブロスやターニーカスタムで、スイングライトのコードや、ロイヤルグリップ。伝統的なグリップで、もちろん太さはしっかりとあるもの。それに比較するなら、ほんと、貧弱なほど細っこい。女子ならぽっちゃりよりも顎の細いシュッとした細身が好み。人は誰でも自分にないモノを求めるのです、ってぇのは違って、いろんな工夫をしても、みぃんな左に引っかかる。これ、膝をおかしくして以来の特徴なんですな。
walter hagen 1960
で意を決するなら、ヘーゲンの特徴は、どの年代のモデルも、左の足首がめくれるくらい左へ乗る事。これが楽しく振り回すコツだったのですが、今の膝にそれができるかどうか。やってみるものの、その程度が昔ほどじゃない。もっと屁理屈を言うなら、左足首がそうなるのは、何かをしようとした結果、そうなるのであって、足首をめくれさせれば楽しく打てるというのとも違うと考える。この辺は鶏と卵ですが、この日の調子ということで割り切って、御無沙汰のヘーゲンモデルを今一度引っ張り出してみることにしますかね。ウッドブロスとのマッチングの話は置いときます。

外にはママのコニャンコ、おねーちゃんのビビリが寛ぐ週末です。

cats in garden