我が家の42インチのプラズマテレビ、修理は不可能の可能性が高くても、メーカー修理の出張経費と休日割増を払うことを前提に修理受付を了承させられた。その訪問で、本当に修理が不可能。明らかに10年後のゴミを買わされたということで、さらにはそのリサイクル料金も、運送料も個人消費者負担。10年間使ったのだからという納得を何とかしてみようとしても、1インチ1万円時代の製品。年間テレビの減価償却が5万円、月に直せば有料チャンネルより高価という計算。
実用品としてのものなら使用頻度も高く、価格が安ければ納得もできようが、趣向品として頑張って購入し、当時は今後の最新技術のはずだったプラズマは、暖房いらずと言われた熱処理に設計不良のまま販売し、対策もされなかった。すぐにマーケットは液晶に移行し、設計を更新することもなく生産終了。熱絡みで言うならまるで東洋工業のロータリーエンジンみたいだ。違うのはロータリーは研究を重ね、対策をし、長きにわたっておむすび型の回転燃焼エンジンをバンケル博士から買い取ったロイヤリィーで育ててきた。
家電というのは都合の良い時は日常消耗品であって、高額商品を売る時には突如として趣向品扱いになる。耐久消費財とは法律で10年と決められているからという責任を果たせばよろしいと考えるわけだ。これも自動車のホンダで言うなら、そんな期間などとっくに過ぎたモデルのパーツでも,形が違っても、ボルトオンで取り付けられて機能を果たす部品を供給していた。つまりはそれで歴史を作ってきた製品を愛用するエンドユーザーにサービスを提供しているわけだ。
家電製品で言うなら、パナソニックはもちろん、ミュージアムに白い電気釜を展示していようとも、まさしくドンガラ、使えやしないゴミを拾ってきて飾っているわけだ。切に願うのは、取扱説明書は、購入したものが熟読するものだから、製品広告に是非追記をしてもらいたい一文。「この新製品は発売時点では最新の技術ですが、10年たったら技術開発に負いつくことが不可能になり、処分料を必要とするゴミになります。」ってのどうかな。
この一文を見れば使やぁしないスチームのついた電子レンジよりも、アイリスやヤマゼンのシンプルな電子レンジで充分と考える。3万円のゴミを買うより6000円のゴミで充分。つまり、家電というのは常に10年後のゴミなんだね。家電メーカーというのはゴミを作っているというわけだ。日本の文化として、クルマも同様で、登録から10年たったら税金が上がり、排ガス規制で古いディーゼルが車検を取れなくなったのは最近。
古いものを捨てさせて新しいものを買わせるという物売り企業が政治にお金を出している背景がある。経団連の名簿を見たことあるでしょ。ま、パナソニックの製品には同じコンセプトが脈々と流れていて、それが耐久消費財の代表である家にも適応されているとしたら恐ろしいことだ。10年たったら柱が腐ります。部品が無いので、解体して建て替えてください、って言われたらどうする。それじゃなくても、当時の家電に合わせた配線、配管をした家では、壁掛けのフラットテレビをつけようとしたらとんでもない強度の壁を設計し、気分でレイアウトの変更はできない。
太陽光ファイバーで明かりを家に取り入れたり、太陽電池で重くなる屋根を補強する設計をした結果、個人家庭への補助金は打ちきられ、売電は今や大した金額もではなくなった。洗濯機と乾燥機を二段式に設計したパントリーは、今や斜め洗濯層で1台分のスペースで済む。前面排熱の冷蔵庫が出る前は冷蔵庫の後ろにスペースが必要と熱弁され、大きなスペースを取ったら、今や埃が積もり放題。奥まで冷蔵庫を押しこんだら、扉が開かなくなる。
これを仕方がない事として看過してきたのは消費者である我々なのです。
まぁ、古いゴルフクラブはシンプルゆえに10年なんてとんでもない、60年たってもラウンドで使えるし、使えないと騒いでいるのは現代メーカーのサポートを受けたメディアや評論家にプロの一部。やっぱりパナソニックは10年後のゴミを作って社員の生活を賄っているのです。
あ~、腹たったんで、こんな雑記になりました。まだ収まりません。
安物を買うには、大陸製と半島製、どちらが良いのか。ほとんどのメーカーに液晶を収めている半島製がいいらしいです。