Dunlop Watson model

暗い一日の挙句に、冷たい雨。お天気の違いで、どうしてこんなに気分が左右されるんでしょうね。お天道様の力は、暖かいだけじゃなくって、精神的にも影響大です。

で、明るい話題を探して、レンジでのパフォーマンスが、意外なほどに期待を良い方に裏切ってくれたツアーブレード、定点撮影をした時のお話。事前の印象を覆すモデルは、やっぱりツンデレギャップにやられて、見直してしまうわけですが、このモデルの場合、あまりにも情報がなさ過ぎるんです。ほんとに理解するには経験則しかない。自身にはそんな引き出しがないですよ。
Dunlop Watson model
重心距離の短いモデルで、重いモデルが打ち易いと思っているもんですから、薄っぺらい軽そうなモデルはなんとなく苦手だし、といって、鉛を張ったりして、もともとの綺麗な造型を壊すようなことは絶対にしたくない。ま、結果的には事前の思いは杞憂に過ぎなかったんですけどね。そんな背景を理解してみようとしても、やっぱり自身の引き出しに頼るしかないってぇのは、ちょいと無理な話です。

そこで、得意ではない横文字検索に走ったのですが、いまのSRIは知りませんが、もともとダンロップって世界中にあった会社じゃないですか。タイヤで言えば、アメリカはもちろん、イギリスにもドイツにもあった。日本では住友ラバーでしょ。もともとこのモデルがそのダンロップのどこのものだったのか、ってぇことですかね。未だにオーストラリアンブレードとかも残っていて、DP-30ってぇ話しも聞きましたが、チョイスではその設計にはデビッド・グラハムが関わっていたってぇ話もあった。すべてが、住友ラバー系列の会社に収束するのは、きっと最近のお話。
Dunlop Watson model
でも、このモデルはシャフトが国産モノだし、ツルーテンパーじゃないしってぇことで、余計に混乱していたのですが、米国のサイトで小さいコラムを発見。ダンロップマクスフライ、今から40年前のモデルとあります。これがまさしくこのツアーブレードそのもののバックデザインに見えるんです。昨日のネタでも、昭和42年のアメリカにはマクスフライというモデルが存在していましたからね。輸入モデルを別にして、住友ラバーがマクスフライのモデル名を使い始めたのは90年頃のようですから、このモデルの源は、海外にあったんでしょうね。するってぇと、俄然歴史の長い重鎮モデルに見えてしまうから不思議です。その存在していたモデルにワトソンがサインをいれることを認めて、販売に展開したってな妄想。シャフトはマーケットに合わせて、利益率の高いローカルのオリジナルを、さらには、ブランド品として世界をターゲットとすれば、オリジナルグリップの製作など、一括で試みれば、大したコストロスにはならない。イヤァ、妄想が走りますね。
Dunlop Watson model
88年の年鑑的資料には、刻印がTWとあるだけですが、バックデザインのコンセプトを何とか読み取って、このモデルにさも似たりのモデルを発見しています。横文字資料の40年前というのは、書き込まれた時期が定かではないのですが、ゴク最近からとして計算しても70年代になるかな。アンカーピンの形状とか見ても、なんとなく合っていそうだし、その後のラムでの活躍よりは確実に前ってぇことになる。

久し振りの妄想百出ですが、なんとなくそんな理解で遊んでも良いかと。するてぇて、二鉄問題に発展してしまうのがいつもの悪い癖なんですが、DP-501が正常進化モデルだとしても、もっと流れにあっていそうな古いモデル、輸入物のマクスフライとかの二鉄があれば、それも面白いんじゃないのってぇことになっちゃう。
Dunlop Watson model
っていっても、そうそうそんな流通もあるわけじゃなく、ただし、住友ラバーに起源がありそうではないので、久し振りに外地の友人に気長に聞いてみてもらいましょうかねぇ。もちろん40年前のマクスフライがあれば、すんごく興味があります。

SWのはげかかったソールには銅メッキの見えているプレミアムモデル。それが証かどうかわかりませんが、ウルトラレアなマクスフライ、メジャーモデルでもなさそうだし、でもあったりしたら面白い。
Dunlop Watson model
イヤァ、グダグダが出るんですが、また次への興味の、面白いきっかけ。いつまでこんなことしてニヤニヤしていられるんだろうねぇ。もう若くはないんだけどナァ。

ちょいと気分が明るくなった。