リコーの2日目を見ていたら、つまらない話を思い出しました。ご不快に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ご容赦ください。それは古いチョイスのコラム。相撲の実況に長いこと携わったアナウンサーの重鎮が、ゴルフの中継について書かれています。92年頃のお話なんですが、その内容は今とほとんど同じ。中継録画の画面のスイッチングやら、解説の質、更には各局の実況のアナウンサーを名指しで評価しています。あいつはよろしいが、コイツは勉強不足である。解説についても同様に、解説者のフルネームを上げて、それぞれを評価している。今も解説を続ける一定の人たちへの評価は、今と全く変わることなく、こちらの御仁のご意見には賛成するものです。一風変わった趣向の雑誌とはいえ、老舗が出していたイッパシのゴルフ雑誌に文字になって残っているんです。実況のなんたるか、見れば誰もがわかることは実況とは言わない。ラジオではないんだから画面から分かることだけを言葉にするのは、アナウンサーとしては技量に欠けるということです。
ちょっと話が飛びますが、経験上、ビジネス会議では、多くのケースで参加者は配られた資料に目を落としたまま、プレゼンターがプロジェクションに工夫を凝らして話を進めても、なかなか目線は上がらないものです。自身の経験では、そんな時には、資料にない話をしたり、会議のメンバーに発言を振りました。後に資料は後配りするのが通常になりました。今は個別の画面で一緒に見てますね。顔が下を向いたままの時には、この話は資料にしてませんが、ってなふりをすると、一気に全員の顔が上がる。逆に、プロジェクションに文字を並べて、それを読み上げるだけのプレゼンターには、しんどかったかもしれませんが、読めばわかることは解説いらないとコメントします。戸惑いながらも、担当の事柄、資質に優れたものはちゃんと乗り切ってくる。でま、それもバランスなんですよねぇ。ここでメモしろってぇのかい、ってぇ重役さんがいたことも事実かな。
テレビにそんなことをおっかぶせても仕方がないのですが、確かに見れば分かることを連呼されては、うるさいだけですな。でも、サッカーのゴールの雄叫びみたいに、その場を盛り上げる手法があったり、野球のホームランもそう。盛り上がる場面で、視聴者気分で大きな声を発するのは認めています。スイッチングの手腕にしても、見たいところと、見せたいところ、それぞれスポーツであれば、そのスポーツを知った人間こそが適切な手腕を発揮できるとある。
当時は順位に関係なく、ビジュアル系を追いかけるスイッチングもあったり、最近では高精彩のカメラによって、ボールのドアップが増えましたよねぇ。初めのうちは、ここまで見えるんだねぇ、って感心もしましたが、ライの確認なら見えることで理解が深まりますが、視聴者には見えていても、解説の方にはそれが見えていなかったりする。
こんなことがスタンダードになってからは、それを打とうとしている選手のプレッシャーに負けまいとする表情が見たかったりするんだなぁ。このあたりは人それぞれでしょうけどね。
以前の仕事関連で聞いたことがありますが、ゴルフや野球で、飛んでいくボールを追いかけることに生きがいを感じるカメラマンがいるそうです。放たれたボールを、いかに画角の中心に維持したまま、カメラを振ることができるか。そんなことミスショットじゃなきゃ大方の見てる方は知ったこっちゃない。中国のトーナメントじゃ、ギャラリーに打ち込んだボールを、ギャラリーが持ってっちゃったッテェ画は見えているのに、競技委員と選手は必死で探していたりしましたね。
最近のテレビを見ていれば、球筋はCGで出るし、いろんなデータもシュミレーションゴルフ並みに表示される。本来なら、ここでまた実況や解説の手腕が発揮されるはずなんですよね。見りゃ分かるこたァ、実況も解説もいらない。
このチョイスのコラムで、そういうことかぁって溜飲を下げた行があります。野球、相撲、サッカーは見ているものがプロの競技に対して、それはプロの成せる技と理解している。それを同じ土俵で視聴者ができるなんて微塵も思わない。ただし、ゴルフの場合は、自身がテレビで見たプロの技を再現しようとする機会があるし、あわよくば、出来ることもあるんだと。なるほどなぁって。さらに、ゴルフをテレビで見るものは、ほとんどすべてがプレーヤー。相撲や野球と違うのは、アイドルを見る気分や、応援団としてルールすら知らないものが少ないとある。ま、時期的にはアイドルがいた時代もありますけどね。
よく登場される解説者も、名指しで大変評価が低い。解説者に必要なものは、その競技を極めたものが知り得る事実を解説するべきだと。画面に映ったプロの仕草を評して、アマチュアの皆さんも見習ってやってみるといいなんて、とんでもない上から目線とありますょ。20年も前から同じままなんですねぇ。
でも、別の意味では、未だにキャラクターを変えずにその立場を維持していられるという点においては、一定の努力も評価するものです。ただし、20年前も彼の氏の解説は音を消すに限るとあるのには驚きます。今と同じじゃないですか。
ま、ちょっと思ったこと、ご不快に思われる方がいらしたらご容赦ください。こないだのリコーとは関連ありません。