網戸はぶっ飛ばないですみましたが、あいた植木鉢が散乱していました。片付けたつもりでしたが、またさっき、散らばっていましたね。本当に今日の風は強かった。お怪我はなかったですか?

こんな日は、やっぱりガラスのこっち側で、お天道様に当たっていたのですが、いろんな事を調べたり、観察したり。んで、調べてみましたよ。
いいもの残してくれました!-Aaron information
今のネットの御時世、トミーアーロンを調べてみると、メジャーリーガーの同じ名前の人がドヒャッと出てきます。その合間合間にゴルフのアーロンがチョコチョコと。日本語のウィキペディアにはメジャーリーガーのアーロンしか出てこないみたいですね。ただ、横文字になると、ゴルフのアーロンが先。きっと生年月日順なんでしょうが、なんとなく、文化的にゴルフの位置する場所が違うのかもなんて勘ぐってしまいます。
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73
年のマスターズ優勝という後光が差している写真からは、チリチリのとうもろこし頭で、大きなトンボメガネの人の良さそうなおじさんがいます。

う一つ、ハイパーステンレス・ユーティリティー450なんていう、きっと最新のモデルなんでしょうか、それもダダッと検索の頭に出てきます。まだまだ現役じゃないですか。トーマス・ディーン・アーロン、1937年ジョージアのゲインズビル生まれ。1960年にプロ入りし、PGAツアーでは3勝、メジャーでは73年のマスターズだけの記録がブロードの文字にされています。
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73年の勝利も、J.C.スニード、サムじゃないほうね、サムの甥っ子だそうですが、その彼と一打差での辛勝。そのとき、日本人初でジャンボさんが入賞したとのついでの記録もありました。

どうしても資料から入っていくと、その戦歴ばかりを書き連ねてしまうのですが、69年のカナディアンオープンでは、サム・スニードにプレイオフで勝っていますし、70年にはアトランタクラシックで優勝しているようです。他にも、マスターズでのトップ10圏内という見方で、その戦跡を見てみると、67年から70年に連続して入賞していますし、PGAのチャンピオンシップでは、65年と、72年にやはりトップ10圏内でシーズンを終えています。
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欧州でも72年にはフランスのランコムトロフィーで勝っていて、72年がPGAの賞金ランキング9位という最高の時だったようです。ゲーリープレーヤがそれまで持っていたレコード、マスターズ最高齢出場を更新したというのはチョコチョコ話しに出ましたが、それは2000年の話。

それから、こんな話もありました。1968年のマスターズでのお話し。アーロンは、アルゼンチンのプロ、ロベルト・デ・ビツェンゾとファイナルラウンドをプレーイングパートナーとしてラウンドしていました。17番、ビツェンゾはバーディの3であったにもかかわらず、プレーイングパートナーとして、スコアを記録するべきアーロンは、パーの4と書き込んでしまったのです。
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本来なら、アテストのときにビツェンゾは、その間違いを指摘し、正した上で提出するべきものだったのですが、確認することも無く、テレビのインタビューが始まるからと、そのままサインして提出してしまいました。このアーロンが記録したスコアによって、ビツェンゾはボブ・ゴールビーとのプレーオフとなり、なんと勝利を逃してしまうのです。当時の新聞のコピーとかも出てくる、有名な話らしいですね。
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それとくっついて、今度は73年のマスターズでは、アーロンのプレーイングパートナー、ジョニー・ミラーが4日目にアーロンのスコアに対して、アーロンが犯してしまった過ちをしてしまうのです。

しかし、このときはアーロンがこの誤記に気が付き、訂正してアテストしたという話があります。これ、横文字の記述の前には「皮肉にも」とか、アーロンがコメントした「これがルールさ」みたいな記述があって、本人がオーガスタクロニクルのアーカイブにも残しているように、これをきちんとチェックしてこそ、ルールに則ったプロフェッショナルだとも言わしめています。結果的に優勝したアーロンと、優勝を逃したビツェンゾの話を73年のアーロンの優勝記事にたくさん追記されているのです。
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その前後も、トップ10には入るものの優勝に届かないという彼をして、「花嫁の替え添え人」というニックネームもあった様。

今ではジョージアのスポーツ殿堂入りを80年に果たしており、89年には同じくジョージアのゴルフ殿堂入りを果たしています。

動画の検索もしてみたのですが、シニアになってからのものばかりで、70年前後、全盛期のそのスイングはまだ見つけられていません。いろんなコメントには勝負師ではないとか、モチベーションが違うとか、いろいろあるようです。こんな記録と、逸話だけを見ても、その人がちゃんとそこにいた証。その逸話には、ビツェンゾに教訓があるように思いますが、アーロンのほうが有名になったというのは、73年の優勝がそうさせているに違いありませんね。

個人的な感想をしたためる材料も無く、トミーアーロンは、トミーアーマーのバチものじゃぁない。

これがはっきりとしただけで、今回はよしとしましょう。