ふるさと蒲原は面白い
このブログでは今まで、奈良や都祁などの優れた自然や文化を取り上げてきましたが、それぞれの地域にはそれぞれの歩みがあり、優劣をつけることはできません。
私が生まれた新潟県燕市を含む蒲原地方も、そこにしかない自然、文化を持っていて、いくら今、奈良が大好きだといっても、奈良よりこの地域が劣っていると思ったことはありません。
と、前置きした上で、昨日、蒲原地方の名所をいくつか訪ねたレポートをしたいと思います。
ここの開山が平城京遷都より1年早かったというのは驚きです(^∇^)
記念の秘仏公開が行われていました。公開は30年ぶりだそうです。
上杉謙信奉納の絵、上杉景勝や直江兼続の書状など、『天地人』ゆかりの人物関連史料もありました。
小さいころの遊び場だった国上寺が、長い歴史の上にあったお寺だということを再認識しました。
清貧の人として名高い歌人・良寛和尚が住んでいたところとして有名です。
国上寺から新潟市へ向かいます。
ここは新潟市南区。かつて月潟村だったところです。
新潟市と燕市を結ぶ新潟交通線という鉄道があったのですが、燕側から順次廃線となりました。
商店街があります。
しかし、川船がなくなり、鉄道が廃線になったあとは寂れてしまったそうです。
下の写真のとおり、月潟駅跡地に新潟交通線の車両が保存されています。
駅舎も保存されており、展示スペースとなってました。
この鉄道、新潟市内の区間は新潟県唯一の路面電車だったので、廃線が惜しまれます(>_<)
乗ったことがなかったので、一度は乗っておけばよかった・・・
何といっても、ここで有名なのは角兵衛獅子。
昔、この地域が貧しい農村だったころ、自分の食い扶持を稼げない子供は、角兵衛獅子に弟子に出され、芸をこなして諸国を行脚していたのでした。
戦後、児童虐待だとしてこの角兵衛獅子は廃止されました。
以来、貴重な文化として地元中学生に指導を行い、継承しています。
ちなみに、私の祖父も戦災孤児ですから、手をさしのべる人がいなかったら、場合によっては角兵衛獅子に出されていたことも考えられます。
美空ひばりが歌った『越後獅子の唄』は、角兵衛獅子になった孤児の悲しさを伝えています。
名曲の歌碑が建てられ新潟交通線の車両が残る線路には、コスモスが咲いていました。
最後は新潟市江南区の北方文化博物館へ。
江戸期の豪農・伊藤家の住宅を博物館として公開しています。
全国有数の農村地帯・蒲原地方の歴史を伝えます。
地元・蒲原を歩いて、改めて自分のふるさとを誇らしく感じました('-^*)/



