論理は神にも勝る・・・。? | 熊子の部屋

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イギリスにしばらく留学していた人間のブログ。

って、、、


あぁ、また、エッセー書かな。。。


質問は、「論理的整合性の重要性」。


でも、思いつかない、、、何を書けばいいのか。。。

ってことで、またしても、ごっちゃごちゃの頭ん中を整理するためにここを使います。

よろしく。


よくわかんないけど、

論理学の講義をたった5週間?あれ?4週間?受けただけの知識によると、


論理で大事なものは、

validity

consistency

necessity

truth

・・・?


前提から結論が導き出せれば、Valid

すべての主張が同時に論理的に真実であれるなら、Consistent

・・・説明ができないぜ、、、Necessity...

で、これまた、そんなもの、存在しないんじゃないかと思ってしまう、Truth


・・・どうして、こんなわけわからんものだらけなのに、

エッセーなんぞ書かなあかんのか、と。


まぁ、唯一の救いは、字数制限が、1000単語なこと。、、、短いって、すばらしい。


で、「論理」において、Law of Natureだとか、Law of Physics etc...は重要じゃないってこと。(?)

つまり、理屈的に通っていれば、どんなに常識やなんかが、こんなん、ありえないといったところで、なーんの問題にもならない、ということらしい。

逆に、どんなに常識が、これは、正しい、、、ように見えると言っても、理屈的にNOなら、NO,,,,みたいな?


あぁ、わかんねぇ。


たとえば、

「名無しのごん子が青酸カリをジョッキ一杯飲み干した。

彼女は、1時間後も、ピンピンしていた。」

・・・これは、論理的に何の問題もない。・・・らしい。

もちろん、常識的に/科学的に、僕らは、これが、ありえない状況だということを知っている。が。


先生が言ってたんだけど、

Law of Logicは、魔法使いにも神様にも覆せない。

たとえば、

「四角は三角である」なーんてのは、神さんにもどうにもできないこと、、、なんだと。


「ごん子は権兵衛の存在を否定している。ごん子は権兵衛が嫌い」

・・・僕の論理によると、

これは、不可能。存在を否定している以上、嫌いになることは、できない。、、、から。

はて、さて、当たっているのか、いないのか。。。


たぶん、論理学は、「確かな真実」をつかみたいんだ。

哲学や、宗教が諭すような、不確かで、人の信条によってグラグラするような「真実」と一部の人間によって叫ばれているようなものではなく。

神にだって覆せないような「確かな真実」を。


・・・・ははっ!ずいぶんと貪欲だなぁ。


そのために、論理学は、確固としたルールを探してるんだ。

「これがあれば、誰にも、この理屈は、覆せない」っていうようなものを。


だから、この過去の論理学者が発見したルールに基づいて議論を組み立てれば、

誰にも、神にも、覆せない、「真実」を発見したのだと、胸を張って主張できる。

・・・そゆこと?


だから、「論理は大事。」

「整合性も妥当性も大事。」なのかな?

だって、これらは、ルールだから。

過去の論理学者がきっと、宝物を見つけたような気分で発見した神にも屈しないルールだから。

そのルールさえ守れば、「これは真実だ」と言い切れるから。。。


・・・・繰り返してるねぇ。ごみんよ。


、、、はて、どうしよう?

どうやってエッセーを書こう?

それが、問題だ。

どうしよ~。

どないしょ~。


ムヒムヒ。


・・・関係ないけど、私、今まで「冷静と情熱のあいだ」を見ながらこれを書いてました。

あははー、懐かしー。ね。


・・・結論も、考えも、出てないし、まとまってないけど、

この辺で切り上げます。

・・・今度の金曜日に提出です。


それが、終わったら、イースター・ホリデーです!

春休みですっ!

ハッピーです。


ので、がんばって、哲学の最後のコースワーク、終わらせようと、思います!


アディオース!