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イギリス大学院での生活

昨日の夜、フラットメイトのピョン(ミャンマー人)に誘われて、

ピョンの友達とパブにいってきたよ。

来週の土曜日にピョンの誕生日会をするために、よさげなパブを探しているらしい。

私の友達も呼んで最後は7人くらいでパブで一緒に過ごしたよ。

ピョンは明るいし、はっきりしてるし、でもアジア的な気配りもあって、

私より1歳下で見た目は20代前半くらいだけど、

精神年齢はかなり高いと感じます。

特にそれを感じたのは、

ピョンの友達が「もし○○が来るならクラブに行ってもいい」といったときに、

ピョンが「もし~っていうのは人生にはないから、あなたが行きたいか行きたくないかを決めなきゃいけない。もし~だったらっていう状況をあてにする考え方は、幸せを他人に依存してることになる。あなたは本当に幸せにはならない」

とはっきり言い切ったこと。

まさしく、仏教の因縁果報の考え方。

彼女、昔、ミャンマーのお寺で出家してたらしい。今ははっちゃけた女の子だけど。

でも、そういう考え方がちゃんと培われてて、

それをその場その場で言葉にしていけるっていうのは、

私はすごいなーこの子、って思いました。

仏教を知ってるのと、仏教を生きているのは違うのだと思う。

そして、はっきりと口に出して伝えられるのって、やっぱりすごいことと思う。


昨日はパブにいくまでは若干卒論の構成で悩んでて気分が少し落ちたけど、

そんなときも「卒論は成果の一つの形でしかない。大事なのはプロセスだから、気にすることはない」っと言い切っていた。

そのときは、「いや、卒論という形が私にとっては大事だし、いいものつくりたいから、プロセス云々ではない」と思ったけど、

よくよく考えてみるとたしかに、そうだなーと思った。


あと、昨日の反省はピョンが言った英語の一言の意味が分からなかったけど、

わかったふりをして、あとで結局わからなかったのがみんなの前でバレてしまったこと。

こういうの、ダメだよねー。ほんとに。

でも英語だと、こういうのよくあるんだよね。とくにネイティブの人との会話とか。

わからなくてもわかったふりの相槌をしちゃうこと。

わかってないのに雰囲気にあわせて、相槌上手になってしまったり。

むかーしはホントに何もわからなくて、聞き直すのが申し訳なくて、

わかったふりしてたけど、その段階はもうすでに過ぎ去っている。


正直に生きるとは、わからないことは素直にわからなかったと聞き直すことです。

あとでかく恥よりもよっぽどいい。