都内で働く38歳の会社員、雪彦さん。
一見するとどこにでもいる普通のサラリーマン。
仕事も真面目で、特別目立つタイプではないけれど、周りからの信頼もそこそこある。
でも、彼の中にはずっと消えない“ある悩み”があった。
それは――薄毛。
鏡を見るたびに、ため息が出る。
朝、髪をセットしても、決まらない。
ふとした瞬間にガラスに映る自分を見て、「ああ…」と現実を突きつけられる。
そしてもう一つ、彼の胸の奥にあったもの。
それは、会社の女性への想い。
名前は、さなえさん。30歳。
明るくて、笑顔が素敵で、周りからも人気のある女性だった。
雪彦さんは、ずっと前から彼女のことが好きだった。
でも――
「この頭じゃ、無理だよな…」
そう思うたびに、気持ちは押し込められていった。
そんなある日。
会社の近くに新しいバーがオープンするという話を耳にする。
「オープン記念か…」
ふと、心に小さな火が灯った。
(今なら…誘えるかもしれない)
その日の帰り、心臓がバクバクと鳴る中、雪彦さんは声をかけた。
「さなえさん…よかったら今度、一緒に…」
その瞬間だった。
彼女の視線が、ゆっくりと顔から“頭”へ落ちた。
一瞬の沈黙。
そして――
「きっしょ!」
「声かけてくんなや!」
「このハゲ!」
まるでナイフのような言葉だった。
彼女はそのまま立ち去り、雪彦さんはその場に取り残された。
帰り道。
足は前に進んでいるのに、心は完全に止まっていた。
「なんで…ここまで言われなきゃいけないんだ…」
好きだった気持ちも、勇気を出した自分も、全部踏みにじられた気がした。
そして次の日。
会社に行くと、異様な空気に気づく。
視線。
ひそひそ話。
そして、笑い。
女子社員たちが、明らかに“自分の頭”を見て笑っている。
もう隠す気すらない。
心の傷口に、塩どころか砂利を流し込まれるような感覚だった。
(もう無理だ…)
雪彦さんは決意した。
「会社、辞めよう」
部長室の前。
ノックをする手が少し震える。
「失礼します…」
事情を話すと、部長は静かに聞いていた。
そして、ふっと笑ってこう言った。
「雪彦君。辞めなくていいじゃないか」
「聞いたぞ。さなえ君のこと」
「断られたんだってな。しかも頭が原因で」
雪彦さんは、悔しさで言葉が出ない。
すると部長は、自分の頭をポンポンと叩きながら言った。
「わしも見たまえ。立派な薄毛じゃぞ」
思わず、雪彦さんは顔を上げた。
部長は続ける。
「でもな、それで終わりじゃない」
「見返してやれ」
「知らないのか?今はな、“AGA治療”っていうものがあるんだ」
「AGA…?」
初めて聞く言葉だった。
半信半疑だったが、雪彦さんは調べた。
そして、気づいた。
「もっと早く知りたかった…」
今の時代、薄毛は“仕方ないもの”じゃない。
対策できるものだった。
そこからの雪彦さんは早かった。
行動した。
継続した。
逃げなかった。
数ヶ月後。
鏡の前に立つ自分が、少し変わっていることに気づく。
「…あれ?」
髪にハリが出てきた。
ボリュームも戻ってきた。
何より――
自分の表情が違う。
さらに数ヶ月後。
会社での空気も変わっていた。
あの時笑っていた女子社員たちの視線が、明らかに変わった。
そして、ある日。
あのさなえさんが、近づいてきた。
「雪彦さん…」
あの時とは違う、どこか遠慮がちな声。
「ごめんね…私、間違ってた」
雪彦さんは何も言わず、彼女を見た。
すると彼女は、少し恥ずかしそうにこう言った。
「よかったら…今度、食事行ってくれる?」
あの日、ズタボロだった心。
全部終わったと思った瞬間。
でも、違った。
終わりじゃなかった。
“変わるきっかけ”だった。
もし今、あなたが同じように傷ついているなら。
笑われて、バカにされて、心が折れそうなら。
伝えたいことがある。
そのまま終わらなくていい。
見返せる。
変われる。
そして――
最後に笑うのは、行動した人間だ。
あの日の雪彦さんのように。



