何年も好きだった人がいて
もう最後は執着だった
執着からの願いは叶わないな
夢にこだわる、事と
執着していく事は
なんだか似ているけど全然ちがう
私はどうなりたかったんだっけ?
それが無かったのだ
その相手がそうまで言うなら、と
スタートさせて
あの時に自分で決意したんだから
継続させた
達成させないと
【あの時の】自分が浮かばれないじゃないか
その一心だった
恋愛も様々な経験も
終わってみれば
でもいい経験できて感謝だな、と
その人以外の出来事には
時間が経てば思える私だったけど
この相手に関することだけは
どうしたって出来なかった
なぜ傷ついた私が許したり受け入れたり
感謝までしなくてはならないのだ?と
それが時間が経ち
だんだんどうでも良くなっていき
先日、いま勉強中の講義の途中で
ブワッと感謝が湧き出てきた
彼だけじゃなく
母にも
元夫にも
別に彼らにお礼の意を表したいわけじゃない
表さなくていいと思う
ただ、自分がそう感じた、というだけだ
なんなら
あんなに色んなことがあったのに
感謝が湧き出た自分に
感謝と尊敬を
今は感じている、自分にね![]()
私は【彼】にこだわった、執着した
叶わなかった
(彼はそういう未来を描いてなかったのだから当然)
私が、【彼】にではなく
自分が幸せになること、に
焦点を合わせていれば
また違った目線になっていただろう
いかに他人軸と自分軸が違うのか?て話だ
自分軸の大切さ
自分ファーストの大切さ
これからは絶対に忘れてはいかない