条件付きの愛情しか受け取らない人がいることを
分かっていなかった。
知らなかったのだ。
私の母は今でこそASDなのではと分かって
関係性が改善されたけれど
子ども時代私はカサンドラ症候群に陥り苦しんでいた。
と言ってもそれも今年になって
私の母への苦しみはこれだったのか!!と気づけただけで
当時は他のお母さんとあきらかに違う母に
自分が悪いのではないかと苦しんでいた。
常に無表情の母親で基本的にすべて無反応の母親に
育てられ
私はその反動もあってか
怒られることはむしろ愛情と思っていた。
(愛の鞭みたいな)
そうそう
昭和・平成と
大家族シリーズ見るの大好きだったなぁ
あんな感情的なお母さんがいいなと羨望の眼差しでした。
子どもの頃の私は
HSPのなかでもHSS型が強かったと振り返っていて
刺激を求めて外部に出ることが多く
友人関係も広かったように思う。
人と関わって
交流があることが嬉しかったし
好きとか楽しいとかを表現しても
反応があることが幸せだった。
私には4つ下の妹がいるのだけど
妹は物心ついた時から
私と遊ぶのはイやだと思っていたらしく
(それを大人になって笑顔で言っていた)
なにかと私とは合わないようだった。
既存のルールを破壊するような子で
親に言われたルールを守ってきた私は
(親のルールに同意して私のルールとなっていた)
不可解な存在だったし
なぜこんな周囲が困惑することをやるのだろう?と
わりと恐怖な対象だった。
妹でなければ
ノリは合うこともあり、楽しい時間を過ごせる関係だったかもしれないが
家族だったので
彼女の裏の気持ちを見て、意地悪に感じていた。
今になって思うことだけど
いろんな要素が絡まり
人との距離感が分からない私は
彼女にもほどよい距離をもって付き合うことができず
イやな思いをさせたのだろうと思う。
彼女は
外から見て「華やか・豊かさ・有名」みたいなものを受け取るのは大好きで
自分に利益があるときはすぐ動くが
そうじゃないときは思い腰がまったく上がらない人だった。
私の縁の下の力持ちみたいな愛情は
受け取ってくれても
愛情としてのカウントにはなっていない。
というか受け取ったつもりはないのだろう。
妹とはもう6年くらい会ってない。
友人たちのきょうだいで仲良い話を聞くと
心底羨ましかった。
私もきょうだいとというか家族とそうなりたかった。
でも向こうからしたら
私の言動が不可解だったのだろうし
迷惑だったんだろうと今なら思う。
私も同じ気持ちがホントはあったのだろう。
彼女の
なんでも反発したり対抗心があるような行動に
家のなかにいても疲れていたしよく泣かされていた。
本人は私の真似みたいになっていることに自覚もなく
私はどうしたらいいのか分からなかった。
妹の話が長くなったけど
これは元旦那もツインレイと思っていた彼も
似ていることに気づいた。
私の愛の表現は
彼らには欲しいものではなく
でもくれるんならと受け取ってはいたのだろう
こちらからの一方的なエネルギーだけで
私は疲弊していった。