3月末に退職することが決まった際に(当時、何月に退職かは曖昧だった)夏のボーナスもらいたいけど、言える雰囲気じゃないし、私の気持ちがそこまで持たない気がする・・・
とボーナス月の前に退職した。
とにかく、私はこの職場に貸しみたいな状況を残したくなかった(私はしょうもないプライドの塊で出来ています)
でもふと思ったんだが「7月いっぱいで辞めたいです」とも言って良かったんだな・・・
この会社にいる間、いつも気を張っていて本当にしんどかったと振り返っている。
もともと知人(わりと古くからの知人男性で、仲が良いとも思っていた)がきっかけで入社した会社だったのだが、知人は入社直後から手のひらを返したかのような態度で私は非常に困惑していた。
極めつけは入社後の初めての会社の飲み会で(正確には上司たちが居なくなった二次会)知人はなんとそこにいた若い子たちの前で「いつまでも◯◯ちゃん(←私の昔からのニックネーム)のままで居られると思うなよ!!」と言ってきた。
それは、学生のノリじゃダメだろ!!という意味では決して無く、私という存在を制止する意味合いだったようだ。
知人は学生のころとは違った雰囲気で会社に存在していた。私は知人の過去を(本性みたいな)知っているし、私がありのままで会社に居ると自分のポジションが危うくなると思ったのか、釘を刺された。
私は困惑と悲しさを持ちながらも、転職のきっかけをくれた事への感謝もあり黙って受け止めた。彼の言い分を受け止めたのだ。
恩と感謝。
ところがそのことで自分が壊れていくとは思いもしていなかった。
私にとってのニックネーム◯◯ちゃんは、親友のような大切な存在のような・・・大切なモノなんです。
小学生の時に同級生がふと浮かんで決まったニックネーム、神様からの贈り物みたいに思える大事な呼び名なんです。
だから、知人男性が言った言葉は私には呪文のように突き刺さりしかも恩を感じていたので忠実に言う事をきく。
すごく忙しい職場で、私は私という存在が見えなくなっていったのにも気づかないまま仕事に邁進してました。
仕事が出来るようになる事や後輩が成長していくことにとても意識が向いていて(使命感はあるけど、外側の意識)充実している・・・のに、毎日ぐったりしていた。
子どもたちとの事も記憶が少ない・・・
毎日帰宅してほろよいを1本飲まないと眠れず、でも飲んだらすぐ眠くなるので22時前には寝てた。
睡眠さえとっていれば、鬱にはならないだろうし・・・大丈夫!!絶対だいじょうぶ!!と。
いま振り返ってみると、早めに寝てとしてもせいぜいその日の気疲れを清算してるのみで(必ずしもプラマイゼロになってたかも不明)心の栄養になっていたわけではなかった。
(私らしく居たらいけない)と、知人男性からの言葉を脳内変換していたので、どんどん私はわたしという存在を不透明化していき、私の中にその知人や会社の同僚や上司の存在を大きく育たせることに必死だった。
私がわたしらしく居られるのは、車の中で熱唱するときぐらいだったように思う。
しかも当時は毎日シャワーで湯船にゆっくり浸かることもなかったので、自分との時間てほとんど皆無だった。
退職してこの流れに気づいた。当時はなんにも分からず、ただただ苦しかった。