残り少ない人生の迷い道 | ◆◆◆今が一番若い時◆◆◆

◆◆◆今が一番若い時◆◆◆

残り少ない人生を「今が私の一番若い時」と言いながら、
一日一日を活き活きと頑張りたいと思います。

タイの来ていろいろ考えることが多くなった。

タイに来るまでは老後は少しのんびりと自分の趣味もやってみようと

漠然とした思いがあったが、それではいざ何をするか??私の趣味って何?

好きなことはたくさんあるが、それがすべて趣味とは言いきれない。


学生の頃絵を描くのが好きだった。もちろん今も嫌いではない。

しかし、よ~くよく考えると、これが趣味?と疑問が湧く。

手芸も好きだった。しかしこれは必要に迫られてやりだしたことだった。

洋裁も然り・・・料理も嫌いではない。これも手芸や洋裁と同じ、迫られて・・・

ほとんどが今までの生活に必要なことばかり、子育てに夢中になっていたころのこと。

母として、主婦として、仕事のパートナーとして生きてきた自分。

母として、仕事のパートナーとしての自分の役割はすでに終わっている。

残るは主婦として・・・主婦とは何? ふと疑問が湧いてきた。

主婦の老後はなんだろう? やはり、自分が選んだ家族、作り上げた家族のために

命尽きるまで尽くす?? 年老いた二人(夫婦)はどう生きる??これが問題だ。

もちろん体が不自由になったら、それなりの施設でお世話になることになろうが、

まだまだ二人が元気なうちからも、やはり寄り添って生きるのがベストなのか?

同じ思いの二人なら悩むこともないが、一人ひとりの二人なのだから本心はおそらく

違う・・・どちらかが我慢してということになる。それをしなければ二人の関係は

崩壊!?まさか・・・心の支えだけでは生きていけないのかなー。

世間の目が二人それぞれの道を塞いでいるように思える。

「世話をする」「世話をしてもらう」元気なうちからこの体制は変わらない??

それは少しおかしくないか。

働く社会から一歩退いた主は妻と同等な立場の筈。

「妻を養ってやっている」という傲慢な心を持ち続けている主に、大いに不満を

持っている主婦は多い。


先日会った老婦人はこう言った。72年生きてきて自由に自分がふるまえるのは

旦那が定年になった時からだと。それまでは主人のため、家族のため文句も言わず

世話をしてきた。定年になった時からその体制をすっかり変えた。半世紀を尽くした人生、

これからの残った人生は自分に尽くすんだと言って、旅行が好きだから足腰動ける間は

世界中を回る・・・時間が少ないから駈け足でもしなくちゃ~と笑っていた。

旦那はプラモデルが趣味と言って家でコツコツ作っているんだ、在職中はそんな趣味があるとは

全く素振りも見せなかった・・・経済的に余裕がなかったからねーとも言われていた。

足が少し悪いようだったが、素敵なステッキをつきながら、明るい笑顔が印象的だった。


私も残りのこれからを生きるために心を白紙にして、その白紙の上に何かを置こうと

探し続けている自分に気付いた。

気付いた時はやはり、すでに人生の終わりが見え隠れしている。


ふと、自分を育ててくれた母を思い出す。母は強い「明治の心」を持った母だった。

何事にも耐えて、耐えて、耐え抜いて生きてきた・・・それこそ命尽きるまで。

これから食事という場面において、家族が揃うのを確かめて・・・

ごはんのお茶碗を持って、お箸を持って息絶えた。

可哀そうに一口のごはんも口に運ばず、逝ってしまった。

その母は「家に仕える」「主に仕える」を生甲斐に生きていたのかもしれないが

いつも自分は2の次、3の次に置いていた。母は幸せだったのか??と疑問を抱く。

その母がよく言っていた言葉、「女は三界に家なし」、ちょっと悲しい言葉。

私は若いころ、その言葉に嫌悪の心を抱いていた。しかしよく考えてみると

「三界に家なし」とは自由という意味か??家すなわち束縛がないという意味??

辞書を引いてみると・・・

「どこにも安住すべき家がない」と書いてあった。