今年もリアル宝探し
『玉兎と七枚の切符』に参加しています。
これは7月21日から11月26日までの期間です。
山口県内の6市と島根県津和野町の7ヶ所で謎を解きます。
今の所6か所をクリアしているから
26日までにはすべてクリアできそうです。
さて、先日は宝探しで萩市に行きました。
萩市は何度も行っているから、特に観光するところもない
と思っていましたが、まだ行ってないところがありました。
宝探しのおかげで、ここにこんなところがと発見がありました。
今回は
長州藩が大砲を鋳造していた郡司鋳造所を見てきました。
大砲鋳造想像復元図
この復元図の説明によると
長州藩が幕末期に、郡司鋳造所で大砲を作っていたという事実は
早くから記録や伝承によって知られていた。
しかしどのような方法で大砲を作っていたかは分かっていなかった。
平成12年度に山口県埋蔵文化センターが行った発掘調査では、
巨大な石組の大砲鋳造遺構が確認され、また実際に使われた鋳型も
多数発見された。
これにより、同所では、三つのこしき炉を用いた大掛かりな鋳造を
行っていたと考えられている。
その大砲鋳造遺構を復元したものがこれです。
正面
正面奥
上から見た所
それから、ここで鋳造された大砲を復元したもの
郡司家が鋳造した大砲のゆくえ(説明板)
郡司家が鋳造した大砲は、現在ほとんどが行方不明となっている。
その最大の原因は下関戦争である。長州藩は文久3年(1863年)、
下関海峡を通過する外国船を三度にわたり砲撃。
これに対して、英・仏・蘭・米の四国は連合艦隊を結成し
翌元治元年(1864年)、長州藩の下関沿岸砲台を報復攻撃した。
四国艦隊は各砲台を壊滅させ、大砲を戦利品として持ち帰るか
または破壊し去ったため、郡司家の大砲は欧米にもわずかな数しか
残っていない。
山口県の県道のガードレールはミカン色です。
しかし、萩市のガードレールは
落ち着いた街並みの景観を大切にするからなのか
焦げ茶色でした。
そして、ユニクロの看板の赤いところが焦げ茶色になっていました。
ほかにもよく知っている店舗の看板も焦げ茶色になっていました。
そういえば、津和野でもローソンの看板が茶色だったわ。
この日は、宝探しの他に
「山口のナゾさんぽ 2」 も参加していて
その時最初に謎があるところが阿武川温泉でした。
阿武川温泉も初めて行きました。
この日寄った道の駅は
阿武川温泉に行く途中の 『道の駅 あさひ』
『萩 シーマート』
『道の駅・萩・さんさん三見』
『萩往還』
4ヶ所も。 萩往還以外は、どこも初めて行きました。
そうそう、「道の駅 あさひ」のトイレの入り口です。






