気付いたら寝落ちしてました…ぐぅぐぅzzz

本当に今週は気持ちがジェットコースター並に乱高下が激しかったのでその反動かな?と思ってますえー?

でも、何よりも眠れないより断然眠れるにこした事はないのでひとまず安心ですウインク


という訳で寝落ちしてアップできなかった昨日のブログアップします!


今日はいろんな事が重なっていつも以上に捻くれた考え方と捉え方になってしまっているかもしれません…ショボーンダウン

以下に書いていくものは全て私個人の見解や認識で間違っている部分、不快に思われる部分があるかもしれません…
それでも、イチ個人としての思いを綴らせていただきます

まず今日1日の中で1番衝撃的でいろいろな物事に絶望を感じたのがこの国では人として、ましてや社会人としての一般常識である『悪い事をしたら、他人様に迷惑をかけたら=ごめんなさい』を言わなくても道義的責任を果たさなくても何ら法的に問題はないという事…
その事で例え目に見えない精神的なダメージを受けて私のように精神疾患を持っている人がそれが理由で更に悪化、落ち着き始めた精神状態が再び不安定になったとしても謝罪を求める事も、精神的苦痛による慰謝料請求もできないんですね…
こちらには一切の過失はないと認められても、謝罪をするかは相手の自由であって求める事自体が難しい…、そして相手がいくら不誠実な対応をした事で私が精神的苦痛を受けたとしても目に見えるケガではない為賠償責任を求める事すらできないなんて…
本当に言葉は悪いけど『法律に血が通っていない』というのは本当なんだな…と実感させられました

今のこの時代もっと『道義的責任』について議論を交わすべきだと思いました!
それこそ私が幼かった頃は両親を始め祖父母、親戚など大人たちが挨拶やごめんなさいは当たり前の事として厳しく言い聞かせ『例え勉強ができなくても挨拶や悪い事をした時に素直に謝る事が人としての最低限のルール!それを忘れなければ良い!!』と言った事や社会に出て役立つであろう人としての本当に最低限の事を常に言い聞かされて育ってきました
そのお陰か社会に出てからは要領が悪かったり、なかなかお仕事を覚えられず何回も聞いてその度にメモを取り、分からない事があればその度に先輩方に教えていただいて来ましたが、誰1人イヤな顔をせずむしろ『アナタは挨拶や返事がしっかり出来ているし、分からない事を素直に認める事が出来ている。それはとても大切な事だからこれからも忘れないでね』というお言葉をかけていただき大変可愛がっていただきました

でも、最近の人たちを見ると職場で挨拶をしても返さない人が増えたな…と思うんです
それは決して若い人たちだけではなく私と同年代の方や年上の方々など本当に年齢がバラバラなのです
更にはエレベーターなどで先に乗っていて後から乗られた人たちに『何階ですか?』と聞いて階数ボタンを押したり、『開』ボタンを押して乗り降りを待っていてもそれが先に乗っていた人の当然の義務かのように皆平然としてお礼などないんです
言い方は悪いかもしれませんが私は決してエレベーターガールではありません
『良かれ』と思っての行動です
自己満足かもしれません
それでも、一言『ありがとう』があるだけで全然気持ちは違ってきます
そういった昔でいう『人としての基本的なマナー』が最近は忘れ去られていってるように思います

だからこそ昔は『道義的責任』が当たり前に果たされた上での『法的責任』が科せられていたんだと思います

けれど今回の事を踏まえたり、専門家の方の意見を聞いて思ったのは『法的責任』だけ果たせば良いという考えの人が増えたように思います
そして『道義的責任』は置いてけぼりの状態になっている現状があります

今回被害者という立場になった事で常に思い、感じていたのは『道義的責任』を加害者が果たすかどうかで被害者の対応は変わるな…という事です
『悪い事をしました。反省しています』という事が被害者に伝わなければ例え法的責任を果たしたとしても被害者は救われません
なので、そういった意味では法律はもっと被害者の心情に寄り添い『道義的責任』についてもしっかり対応をして欲しいととても思いました

でなければ何ら過失のない被害者は救われません…