『嵐ツボ』で放送された「即興プレゼン」

面白かったですね〜。初期の頃の『嵐にしやがれ』みたいで、またやって欲しいなあと思ってしまいました。


さて、「即興プレゼン」とは、元々は「パワポカラオケ」というもので、簡単に言うと「ランダムなテーマ(お題)について、ランダムに登場する画像に合わせて即興でプレゼンをする」というもの。


2016.6.24アドリブで即興プレゼン!! パワポカラオケ大会は笑いと熱で溢れていたには、ハッタリと度胸、冷静な対処能力、頭の回転、話の組み立ての上手さ、お題に対する知識。様々な能力を使うことになり、その人がどんな人間なのかすぐに浮き彫りになるからおもしろい。とあります。


ルールややり方を聞いて、嵐の頭脳派と呼ばれる櫻井くん、二宮くんが有利かなぁ、大野くんはお題次第だろうなあと思っていました。

@嵐ツボより


その大野くんのお題は「嵐」

話の流れを「嵐の結成20年目でもみんなが知らない事」にして、

1枚目=いつも楽屋でやること 

2枚目=仲は良いけど1回喧嘩したこと
3枚目=ライブの最後にいつもやること

@嵐ツボより
終始落ち着いて話していて、無理に長文にしようとせず、ポイントを抑えた話し方とファンが知りたいことに絞ったところが良かったです。内容的にも、トリを務める順番も、最後に相応しかったですよね。



そして、二宮くん❣️
話の流れを「お正月の魅力」にして、
1枚目=まずやってもらいたいこと
@嵐ツボより
「バナナで電話をするというボケをまずはしていただきたい」
「一回滑っていただきたい 、バナナだけに🍌、なんてね!」なんてボケまでカマしていました。
自ら笑ってしまったのも笑えましたけどね。

2枚目=家族で行ってもらいたい旅行先 
@嵐ツボより
「現場です!」
「ガンガンに廃屋を壊していただきたい 」とか「1時間三千円で!」実際にあるビジネスにしちゃいます。

3枚目=初夢  
写真の前に一富士二鷹三茄子」と縁起がいいとされる初夢について述べ、4つ目として
@嵐ツボより
「ジジイの三連単おじいちゃんおじいちゃんおじいちゃん
「一富士二鷹三茄子で、四ジジイの三連単」といい、「長生きする。健康で、マラソンをしながら長生きする」と補足して終了していました。

櫻井くんが直後に「よかったんじゃないですか?」と日本一チャンピオン?山本俊治さんに聞くと「すばらしかったですね。ジジイの三連単って最初にポンと一言めに言えたのはすごい」と褒めてくださってます。



二宮くんのプレゼンは、雑誌の見出しをつけるようにひとつひとつの写真をキャッチーな言葉で表現し、補足説明を面白くしていくやり方。


最後の「ジジイの三連単」に至っては、Twitterでパワーワードじゃない?と言われるほど。パワーワードとは「力やインパクトのある言葉」のこと。3人の老人が横一列に並んでジョギングしている姿から「ジジイ」というお笑い芸人が用いるワードと「三連単」という競馬🏇のワードを組み合わせたことで、インパクトだけでなく、笑い🤣をもたらしました。


お気づきになりました?

最後の写真だけ、流れを変えたこと。このゲームのやり方は「写真➡︎説明」という流れですが、二宮くんは最後だけ「説明➡︎写真」の流れにして、極力後からの説明をしませんでした。これはリスクの多い賭けでもありますが、写真を印象づける作戦です。起承転結の結のように。これができたのも「キャッチーな言葉」で表現できる語彙力と言葉を操るスキルがあったからでしょう。



二宮くんは、日頃からキャッチーな言葉で表現するのが得意であり、好きな人。以前、『MUSIC DAY×嵐にしやがれ』で大野くんと一緒にジェット風船で「星に願いを」を演奏した時、伴奏担当でゆっくり移動して風船の紐を引く大野さんの動きを「家中の電気消すバイトみたい」と表現しました。あまりにピッタリで笑った方も多かったと思います。



二宮くんの言葉のチョイスには、育った環境やお笑い好きな事が少なからず影響していると思います。


彼が生まれ育ったのは葛飾区の下町。ワイパーの工場を経営をしていたおじいさん(和子ママの実家)家の2階に住んでいたそうです。東京の下町は昔から職人さんの多い地域。私も下町で生まれ育ったのでわかるのですが、使う言葉は下町の言葉で早口のため、聞きなれない人からは下品だとかケンカしていると勘違いされることもあり、好みが分かれやすいのは確かです。


以前『嵐にしやがれ』で中が半生なハンバーグを二宮くんが食べようとした時、よく焼いたのが好きだって本人が言うと、番協のお客さんから「え〜っ!」と声が上がりました。すると二宮くんはえ〜っ!って何回も見てるだろうよ!?」ってぞんざいに返答しました。それを聞いた大野くんが爆笑しながら「言い方っ!」って言ってました、あんな感じです。



また、本人のお笑い好き、TV好きも影響しているでしょう。ビートたけしさんなど毒舌な芸人さんやタレントさんは下町の言葉で話してますから、慣れ親しんだ職人さん達に近いし、嵐の中でツッコミできるのは自分だと思ってもおかしくありません。


2011.4月号『日経エンタテイメント』のインタビュー~嵐きっての国際派が思う“COOL JAPAN”論~で、映画『硫黄島からの手紙』撮影で渡米した2006年3月11日~4月25日の1カ月半、嵐は二宮くん抜きの4人での活動をしていて、その経験がトラウマ化しているようだとあります。


いまだから言えるけど、もう毎日帰りたいと思ってたもん(笑)。1週間の撮影の間に休みがあって、日本だとその間にレギュラーの仕事をやるんだけど、あっちの場合は休むことも仕事なので、「休みに絶対仕事を入れないでくれ」という契約になってる。飛行機で寝ればいいから、週イチで帰って、寝ないで嵐で働けば解決するって考えてたんだけど、それができない…。で向こうにいる間、嵐が出てる番組のDVDをもらうんですが、トークのシーンを見てたら、僕がいたらツッコんでるだろうってところが、全部テロップで流れてたりするんですよ(泣笑)。場はうまく回ってるんですよ。でも僕は抜けてるわけで、なんかすごく申し訳なく思えちゃうんだよね。入院してる気分ですよね、現場に行けないのがもどかしい。


それ以来、二宮くんは海外の映画出演には慎重になり、必要性を感じなくなったとありますが、恐らく危機感を感じたのでしょう。2006年はまだ嵐がブレイクする前の崖っぷちとも言える時で、なんとか掴んだバラエティーのレギュラー番組でしたから、尚更思ったのでしょう。



映画『硫黄島からの手紙』の配給元ワーナー・ブラザーズ映画の関根真吾宣伝部長が、「マスコミ向けに自分の役柄を説明してください」と依頼して返ってきた文章が、二宮くんだけちょっと違っていて、役の解釈や映画の読解力が実にシンプルな言葉で表現されていて、スタッフで回し読みしたほどだったエピソードがあります。あまりに良かったため、そのまま映画宣伝の一部として使われたそうです。


「わたしが演じたのは、パン屋です。でも兵隊でもあるんです。生き抜く代償に人間性が奪われる。そんな世界に放り込まれます」


こんな繊細な表現もできる二宮くん。



時が経ち、バラエティー番組に対する世間の目も変化しつつあります。最近、二宮くんの発言が吉と出る時と凶と出る時があるのが気になるようになりました。


ツッコミや特定の言動が、言葉の暴力やイジメと取られるようになったり、SNSやDVDなどにより良いものも悪いものも全て録画、再生、拡散されるようになり、ちょっとしたミスも許されず、生きにくい時代になったとも言えます。


ツッコミからノリツッコミに変化するとか、新たな二宮くんの才能に期待したいと思います。今年もこの人の振り幅に翻弄されるんだろうなぁ。