なんだか生き辛いよな
って感じたのが
40歳を少し過ぎた頃
それまでは
ファッション雑誌も一生懸命見ていたし
テレビも見ていたけど
それをやめたら楽になった
マスコミに惑わされて
こうでなくちゃ駄目って、自分で自分を縛っていたことに気付いたわけです
夫の本棚から
借りて読んでいる
この本
読書好きじゃない私は、曽野綾子さんの本を
初めて手に取ったわけですが
年齢を重ねて無駄なものがそぎ落とされて
シンプルな生き方をされてるなと感じる
曽野さんの表現は
今の年齢の私には心地よいです
まだ半分しか読んでいないけど
記事にしてしまうのは
あっちこっちに読みかけの本を置いていて
この本を読み終える前に前半を忘れてしまう恐れがあったため
記録しておこうと思った
(すでに忘れかけていて、焦って記事を書く)
とても印象的なのは
正義など、素朴な人間の幸福の前では、「何ほどのことがあろうか」
そう思えるのが中年というものだ
(もし、本当に神様が居るとしたら)
その神様レベルで正しいことが「正しい」ことなんだ
なんだ、私の言葉で記事にしてしまうと、
チープな感じだけど
この方はクリスチャンらしいので
宗教がかった言い方をしてるが
いまの自分の環境の中に
いい年齢になったくせに
正義を振りかざしているだけの人が居るので
このくだりは染みた
時の変質 - 妻が見慣れた家具のようになる
の章には
中年以降の夫婦について語られている
夫と妻の関係は
そのうち異性など感じない関係になる
って締めていて
この言葉だけ読むと寂しい気持ちも否めないが
この言葉にいたるまでの内容を読むと
寂しい気持ちにはならない
結局、ある年齢からは
若さ、体力、肉親
それまでの人生で持っていた色々をものを失い続けるので
そこにスポットをあてると
「寂しい」という言葉だけに縛られてしまいそうだけど
だからこそ
失ったものを補う何かが夫という家族だという
曽根さんの考え方は、私も賛同する
失ったものに執着せず
中年以後は新たなステージと考えて
自然体で生きていくのも素敵
って思える一冊
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