和田昌子

85歳で天に召された母

35歳で父を亡くし3人の子供を一人で育てあげた

強い人です。

再婚もせずに男の人に頼らず国から与えられた『タバコ屋』をしながら日本生命の保険のオバさんで

朝から夜まで働き私達を育てた母。

今の様に引き落しじゃないから毎月末には夜まで集金に走り回ってて私は茶の間でお金を計算してた。

いつも着物を着てた母。

上品で綺麗でした。


お葬式の写真にしました。

自慢の娘の花展に訪れた母

綺麗に歳を重ねた母

私の教科書。


墓守りさんに今朝褒められました。

お盆に1年分の墓守り代を払うんです

「65番和田です」

「いつも綺麗なお花が有る和田さんですね」

「有難うございますお花の仕事ですからおねがい


お母さん嬉しいね照れ

見る人居てくれて毎月3人の子供達が参り親戚の方も花を供えてくれて

「天界は賑やかですね」

お盆って必要だね

懐かしい人達が集う『縁』大事にしてて良かった。


※昔は子供を抱えた未亡人には寡婦手当の代わりにタバコ屋の権利を貰えたんだって

タバコ屋は専売公社と言う国の機関からタバコを仕入れタバコ屋との距離が300メートル以上と定められてた。

近くにタバコ屋が有ったけど父が亡くなりタバコ屋ができたそう。

今と違いタバコを吸う人工は多くてカートンで買う人も多かったから生活の足しになってたんだわ。

自販機も無く

♪向こう横丁のタバコ屋のあの子は看板娘♪と歌が有った位でね

姉はずっーと通ってたお客さんと結婚したしね

母はいつも綺麗でいなさいと言ってました爆笑