私が彼女と出会ったのは彼女が私の今の歳くらい
彼女は元々スクールのアベノ教室の生徒。
お家が堺市だからね
上品な方で服は全部オーダーだったと思うの
私が梅田のナビオで教えてました。
たまたま予約変更で彼女と出会いました。
『ご縁』だよね。
ナビオの教室には生徒さんが多くてね そんなに彼女に掛り切りではなかったと思うんだけど
「先生 私の予約を全部こちらに変更して下さいませんか!?
「先生のレッスンを受けるには何と何を選べばいいですか」
私、気に入られましたてへぺろ
それからの彼女凄いんです。
元々のカジュアル月2回。
ドイツフローリスト月1回。
フレンチ月1回。
あげくに資格3級まで
私はそれは必要ないからとお止めしたのに
「先生にお会いしたいから」と
なんと帯で巻かれた百万円と端数も入った封筒を持って来られましたびっくり 
その頃のスクールは未だ振込みじゃなかったから

彼女とは毎週会う事に照れ
お仲間もできてね楽しまれてました。
帰りは梅田からお家までタクシーでね
何年ご一緒したのかな〜
一度お仲間と4人でランチした事が
「私は割り勘でないと生徒さんとはお食事しません」と譲らなかった私に
「先生、失礼ですが
私達は先生より豊かですよ 今日だけは私達にご馳走させて下さい。次からは割り勘でご一緒させてもらいますから」照れ照れ照れ
本当そうなんです。
彼女はとある大会社の社長夫人。
お一方もご主人が社長様。
もうお一方は高松で沢山の生徒さんを持つ先生

私はパートの講師笑い泣き

そんな彼女が入院『リンパ腫』血液の癌。
入退院を繰り返し抗がん剤で苦しい闘病に
「先生のブログだけが私の楽しみです』
「退院されたら私が堺まで出張レッスンしますよ
又ランチしましょうよ 割り勘でおねがい
「本当ですか 頑張ります」

夜が辛かったんでしょうね
「何時でも電話くださいね 私は夜更かしですからね」  何度かお電話がきました。
最後にお会いしたのは
「先生 孫がピアノの発表会なんです ワガママ言ってすみませんが花束を先生に作って欲しいんです」
娘さんが皆お医者様でね
一度病院での音楽会のお花を依頼された事も
会場には車椅子でね
私は遠くからご挨拶しただけでした。
車椅子を優しく押されるご主人。
「先生に会えて嬉しい」
前にお手紙で
「もっと早くに先生と出会いたかった
私を先生のファンクラブの一号にして下さい」とまで言われた事が今も私の勲章ですラブ

それから何ヶ月かな
「先生もういいですかね〜疲れました」
「私との約束は?私はお宅まで出張レッスン行きたいんですよ」それが最後の電話でした。
72歳まだまだ若いです。

「安松谷」
朝、携帯に表示が
「もしもし 退院したんですかキラキラ」浮かれて出た私に
「母が静かに息を引き取りました・・・」
娘さんの声でした。
電話で二人で泣きました。
「先生 。西尾先生のお花で母を送りたいと皆んなの希望です母が一番喜ぶ送り方だと  遠いですが」
今までで一番泣かされました。
お通夜でのご主人の言葉に会場全員が声を抑える事が出来ませんでした。

「春子を一人で逝かせられません・・・」
なんていいご夫婦だと 安松谷さんが羨ましいと
棺の花と枕辺の花。そして四十九日の『芍薬』

一年経たずに優しいご主人は春子さんの元へ。
ご主人の方が心臓を患ってられたからまさか彼女が先立つなんて・・ね
芍薬の時期に思い出すのは どんなに私に優しかったか一度も私にお尻を向けないままでした。
想像してみて
「さようなら」とレッスン終えてドアを出るまで後退りで帰られるんです
そうゆう方にこれからも出会う事ないもの
今の様にスマホじゃなかったから一緒の写真もないんのよね
芍薬が有るうちに逢いに行かなくちゃね
 「人徳がある」
これだよね。
利害関係が全くない。
人と人。
何年経っても娘さんから年賀状が来る。
私も出す。
彼女からの言葉や手紙が私に『先生』で居させてくれる。