とにかく泣き、笑い、感動の2日間でした。自分の心の整理のために文にします。


看取り面会ができるようになり、私と姉は交互に面会に通いました。母は私達の声かけに対しての反応はなく、認識できていたか定かではありませんでしたが、小さく「あー」と声を出したり瞬きをしてこちらをみることができる程度の反応でした。点滴で手足の浮腫はひどくなっていき、それとは逆に顔と体はどんどん痩せて小さくなっていきました。声を掛けることとナデナデすることしかできませんでしたが、とにかく母は可愛くて愛しくて仕方がありませんでした。

コロナのまん延防止措置解除でやっと面会できた期間は8日間。姉と交互に毎日できたことに感謝しますが、会えない時間が長すぎたことで母の現状を受け止めるのが難しく、亡くなった今でもしっかりとできていません。面会できず身内を亡くされた方々はもっとそうでしょうね。

その期間の天気はとてもよく、病室は窓側だったので窓からの風が心地よくて、母の顔が穏やかに見えました。

でも私達も精神的には限界に来ており、ダムは崩壊していました。仕事は手につかず放心状態になるし、涙は出てくるし。そこらへんを愛用の赤いバッグを持った母がとんでまわっている姿が見えるようで…思い出がそこら中にあり、それがまた辛くて辛くて。こんなに悲しいことはないと思いました。

4/14(木) 

前日も姉が面会していたけれど、スマホに送られてくる画像は明らかに死が近づいているとわかる表情となっており、この日は血圧もSPO2も下がっていました。病院からの連絡が入ると覚悟で就寝。穏やかに逝けることを祈りながら。その時夢を見たんです。お寺の境内?らしきところで姉と2人でお坊さん、その他の人と一緒にいて、母が「私はもう行くから!」とせかせかと屋根裏部屋に上がるような階段を登っていくという…登っていく足しか見えなかったけど、早く行きたいのがまるわかりで。私が「行かないでー」と追いかけようとするとお坊さんに「行かせてあげなさい」と止められた夢。カラーでリアルで。その瞬間、23時59分電話がなって。病院から。呼吸が弱くなっているし脈も少なくなっている。早く来てほしいとのことでした。

その時はもう悲しいとかより夢の作用もあったのかもしれないけれど、母はやっと旅立てるんだ!お疲れさま!という気持ちでした。久しぶりの雨が降る中、病院に向かう車の中で母に話しかけて。そういえば電話をくれた男性看護師は精神科病院で母が恋心をいだいていた看護師と同じ名字だったわ(笑)さすが母ニヤリと思ったりして。

病院に着いたのは4/15(金)0時40分頃でしょうか。母は0時10分に旅立ったそうです。

「お疲れさま。よく頑張ったね」と声を掛け、お顔や体をナデナデしました。その後姉が到着し、Drに死亡確認をしていただきました。