夜中に病院を後にし、葬儀屋との打ち合わせに入りました。担当の方はとても親しみやすく話がしやすくてなんだかとてもうれしく思いました。こうやって夜中に働いてらっしゃる人がいるんですね。病院の夜勤の方々も。

私も特養や老健で夜勤をしたけれど、夜は体の調子が狂うし、気持ちが落ちるというか。大変な仕事です。


お通夜、告別式といろいろ決めたけれど、すべてはうちのお坊さんのスケジュールがどうかが鍵。うちはお墓が遠方にあり、お坊さんには新幹線で来ていただかなければならないのです。


朝早くお坊さんに連絡し、確認すると私達の希望していた告別式の日にちょうど大きな法事が入ってしまっているとのことびっくり

お坊さんが葬儀屋さんと電話で打ち合わせしてくださり、コロナ禍でもある為、お通夜はなしで告別式のみとなりました。うわぁ…母といられる時間が少なくなるってことじゃんえーん


でもお坊さんにお任せするしかないねと姉とお通夜もどきの時間(単に母と寝泊まり)を過ごすことになりました。昼からは母のお色直し(笑)に立ち合いました。痩せてしまった頬をふっくらさせたり口を閉じたり。この時に歯が想像していたよりもなく、自歯は前歯2本だけだったことを知りました。確かに残された痩せて合わなくなった入れ歯はほとんど総入れ歯状態で、母が生前グループホームで出される食事がなかなか食べられないと言っていたことを思い出しました。私達を産んでから歯が弱ったそうです。ごめんね。


体が本当にガリガリに痩せてしまっていて、骨がボッコリと出ている姿がすごくショックでかわいそうで泣けてきました。食事を取れなくなって5ヶ月位。人の体ってこんなに変化してしまうんですね。手足だけが浮腫で大きく膨れていました。亡くなってもまだ点滴は外されておらず、本当はもっと早く中止してほしかった…病院の対応に物申せずそのままになってしまいました。


お色直しをした母の顔はあまりにも整いすぎて別人で、なんだか宝塚の人みたい笑い泣き美人すぎるー。そういえば父も時代劇俳優みたいだっけね。


夜は近くのスーパーで食事を購入し、ビールを飲んで酔っぱらいひたすら自分の思いを母に話しかけたりしながら思い出話をしては泣いたり、笑ったり。

父が亡くなった時は私達と母の3人で見送ったのに、母がいなくなってしまったことに悲しくて寂しくて。

一晩母と姉と過ごせたのは本当に嬉しかったし、なんとなく現実を受けとめることができた気がします。


そして告別式の日、祭壇はとても綺麗な花で飾られ、母の遺影を囲んでいました。とてもキュートな母の顔。いつものように「うれしーっ爆笑」おどけて笑ってくれているようで、「かわいいーっ❤よかったねお母さん」と大喜びしてしまいました。華やかで可愛くて本当に嬉しかったです。




そして故郷からお坊さんが登場!!!


ハスキーな力強い声でお経をあげていただきました。わざわざ母の棺に近づいてあげてくださってえーん


告別式が終わり火葬場で母に最後のお別れをし、待合室ではいつものごとくお坊さんの話に花が咲いて🌸

うちのお坊さんは70代かな?とっても心がある真のお坊さんで、うちの両親共に褒めていた方。いつも気さくにお話してくださいます。今回は話の流れでお坊さんの青春時代にお寺で愛の告白をした時のお話しおねがいニコニコと楽しい話を聞かせてくれて大好きラブ

毎日1つずつお寺にある約300のお墓にお経をあげているからうちは無縁さんはいないんですよとおっしゃってくださいます。我が家は残念ながら私の代で途絶えてしまいますから、どうか次のお坊さんにもその気持ちを受け継いでいただきたいところです。


母のお骨が骨壷に納められ、久しぶりの我が家に帰ってきました。おかえりー。

お坊さんは父の時と同じように我が家に設けられた祭壇にまでお経をあげてくださいました。

よかったね。うれしいね、母✨


お坊さんを駅まで送り、手を振ってお別れ✋

四十九日はお寺へ母を連れていきます。父のお位牌を持って行かれました。母の戒名を一緒に並べて書いてくださるそうです。うちは両親仲良くてよかったわ(笑)


落ち込む私を気遣い、励ましてくれた姉に感謝します照れ母よ、姉がいて私は幸せです。姉妹に産んでくれてありがとう✨

あのお通夜での姉の踊り(笑)見てたよね?母も。大爆笑だったよ笑い泣き

笑いは世の中を救うね。