子どものためを思っては、自分のためって過去に書いてきた。
家族ってある意味独裁国家だ。
洗脳。
だって、小さい頃から、机に座らせて勉強を強いられたら、
それが当たり前という家庭で育ったら。
それが楽しいと思い込まされて、
親が喜ぶ姿を見て育ったら、
本当に心から欲しているかなんてわからない。
それが当然と思う。
そして、それが当然じゃない、
他の家庭と違うって気がついた時に、
その時の自分が好きだったら、
それはそれでよかったって思える。
だけど、その時の自分が好きじゃなかったら、
ふざけんな!って思うかもしれない。
その逆も然り。
ほったらかしで育ったら、
もっと色々教えてほしかった、
可能性を信じて欲しかったと思うかもしれない。
その両方かもしれない。
こんな親に育てられたかったって
それがいい悪いじゃなくて、
子どもの数だけ、実は存在するんじゃないかなと。
全てを受け止めるのは、
自分が満たされてたらできること。
特に身近な人のことほど
受け止めるのは難しい。
愛されてないわけじゃない。
親は子どものためを思って本気で思っている場合もある。
だけど、その子どものためは、親の価値観でしかない。
それは価値観の押し付けで、
子どもがまったく違う価値観をもっていることもある。
成長とともに、親とは違う環境で
育っていくこともある。
それなのに、親はいつまでもその場所に居続けると、
違和感だらけでしかない。
愛されているとはいえ、
それは押し付けで、
ある意味ストーカーと変わらない。って私は思う。
無条件の愛なら、
その子の価値観
その子の思想も全て受け入れて当然だと思う。
たとえ、自分はそう思わなくても、
そう思うんだねでいいんだと思う。
・・・っと、久しぶりに父からの電話で、
前向きに生きろよ!とか言われて
はっ!お前が言うなと心の中でおもった私。
大学まで出してあげたんだからと、いつもドヤってくる。
感謝はしているけれど、
小さい頃は、末っ子だから、
常に馬鹿にされていた。
ダメな子と言われ続けた。
勉強しろってあまり言われてないけれど、
結果に対して口出しはしてきたしディスられてきた。
習い事も否定され続けたし、
1年言い続けて母が習わせてくれた。
それに、学費を必死で貯めたのは母だ。
もちろん、父も働いていたからだけれど。
大学進学の相談だって、全然のってもらえる状況じゃなかった。
高卒の両親というのもあるけれど、
不倫だ、騙されただ、借金だとかが身近な人で、
そんな環境の親に、国連で働きたいんだけれどなんて、
相談する気にもならなかった。
正直相談して、否定されたり、
がっかりした答えが返ってくるのも怖かった。
親に頼れないから、
早く自立しなくちゃ、
勉強で頑張るしかないと思ってきた。
戦争のある国で育ったから
ライフルの使い方がわかるのと似ていると思うのは言い過ぎかな。
結果的にそんな独裁国家で育ったから、
勉強は好きじゃなかったけれど、
多少できるようにはなった。
勉強の楽しさを知ったのは、つい最近。
子育てを通して。
好奇心で色々なことを吸収する
子どもをみて、
学ぶって本来楽しいんだなって
人間の欲求の一つなんだろうなって思えた。
大学とか学歴云々よりも、
家庭がいかに平和に安全な場所であって、
自分を大切にできるか
を感じられる子に育ちたかった。
そんなことよりも、
人を信じられるように育てて欲しかった。
大人になってからも
離婚で揉めた両親。
別れない母に、母親の首を絞めて、
殺されるかと思ったのよって電話で言われた娘の気持ち
わかるわけないよな〜。
そんな親に育てられながらも、
親は親でかんばってきたからと割り切って、
感謝しよう、おかげでとか、いい面を一生懸命みて、
受け止めようと努力してきた。
親は親って思って生きてきてても、
流石に、悲しまないわけがない。
心に傷を残さないわけはない。
子どもの頃からケンカばかりの両親。
同級生の母親と不倫して子供までおろした父。
母も母で極端な人だったけれど、
父も父で相当な人だと思う。
今まで口に出すのも嫌だったけれど、
改めて書いてみると、
中々な家庭環境だよね・・・。
一生懸命、自分の問題と切り離して
考えようとしてきた、
自分の生きづらさを乗り越えようとしてきたなんて
知りもしない父。
勝手すぎると思った。
我が子にはそんな親でありたくないと
つくづく思う。
子どもたちに対して、
自分はこう思う、
自分の時代はそうだった
私はそうだったけれど、
それが正解だったかなんて正直わからないし、
自分の思い通りになってなんて思わない。
今も人生迷っているよって。
だけど、どう生きていきたいかを
考えているって伝えたい。
子どもって、もともと素晴らしいから、
幸せになる力なんて
もとから持ってるから、
いかにそれを曲げないで、
愛という栄養をあげられるように
育てたいとただただ思う。
少し長く生きているから、
選択肢を与えられる存在になろうと思うだけ。
プロ野球選手になりたいというなら、
自分が教えるんじゃなくて、
プロ野球選手を育てた人の指導を受けさせてあげたい、
そんなサポートをしたい。
心配だからも同じ。
信用してないよとも言えるし、
心配が理由で、その子の選択を諦めさせようとするなら、
自分が正しいの裏返しでもある。
勝手に心配するのが親。
それは仕方ない。
だけど、心配が理由で、
制限を頭ごなしにするような親にはなりたくない。
勉強しなさいとかも同じだと思う。
心が弱いからそう思うのかもしれない。
だからこそ、
我が子には、安心できる場所、
絶対味方だよって、
なんの意味もないかもしれないけれど、
心の拠り所になれる存在でありたい。
感謝はするけれど、
子どもたちを大学まで出したから、
自分が子育てを成功したと思っていて、
孫のことにまで口をだしてきたり、
否定してくる。
こんな親に対して、
わかりあうのは無理だと気がついた。
そう思うんだねって思うだけで、
私はそうは思わない。
それだけ伝えた。
