2006年(2005年かな?)甲子園・春夏出場の沖縄県・八重山商工の、・・・それまでの歴史を綴った映像の録画をユウに見せた。

私個人的には何度も見ている映像で、人生の縮図が詰まった、お金ではかえない価値のある映像だ。


概要はこんな感じだ。

沖縄県石垣市 町おこしで野球を奨励。イシミネ氏を監督に要請。彼は野球バカで、しかも最愛の息子を20歳で亡くしている。もちろん息子も野球命、名前は球太クンだ。


彼は、月収5万円で、市からの依頼で、八重商の監督を引き受ける。

厳しい練習、あまりにも厳しい練習。そして部員が何度も、全員いなくなるというアクシデントの中でも、夢をあきらめず、自分に出来ることをやり続ける。


市役所の町おこし担当役員が、『楽しい練習に切り替えたら・・・』という助言を繰り返す。街にも批判の声が出始め、新聞でも批判的に取り上げられる。市の担当が、無難路線への方針変更を説きにくる。その時の彼の言葉。

『大人が先に諦めてどうする。』


3年かかって、結果的に、甲子園出場。しかも、春夏連続出場。

奇跡のドラマを甲子園に巻き起こしたのだ。


あきらめない心が奇跡を引き寄せた、その具体例だ。


ユウに聞いた。


『もし、ユウだったら、こんなに厳しい練習耐えれるか? ユウもやめてるか?』

『絶対やめへんな、やめるんやったら、最初からやってへん』


やめるんやったら最初からやってへん。


やめるんやったら最初からやってへん。


ユウが野球を始めて、いろんなドラマがある中で、最高に感動した言葉をもらった。

かぼそくて、体力もあんまりなくて、背も小さくて、とってもとってもプロには遠いけれど、

やめるんやったら最初からやってへん・・・という言葉には、もう、涙以外なかった。

あきらめない心に奇跡が起こる。