私の家族にとっては

全くの他人ごとではなかった

東日本大震災。

 

福島にある夫の実家は

原発事故で非難してきた人々を

受け入れた地域にあり

仮設住宅の建設に関わりました。

 

東京に住む甥っ子も

そのための機材を送るなどの

手助けをしていました。

 

同じ県内の義姉の家は半壊。

近い将来

娘夫婦に譲るつもりで

大切に暮らしてきた

その瀟洒な家を手放し

都心近くに引っ越してきました。

 

昨日

今年亡くなった義母の法要のため

夫の実家のお墓に行きました。

だだっ広い墓地の一角

断層の上に立っていた

先祖代々の墓石群が

震災で崩れ落ちて

どれが誰のお墓のどこの部分なのか

全くわからない状態で

未だ手をつけられないままでした。

 

転がった五輪塔や墓石の一部が

すでに苔むして

地面にめり込んでいるのを見て

8年という時の経過を実感しました。

 

普段はテレビで被災地の

笑顔の復興ぶりを

紹介することが多いけれど

この時期ばかりは

復興というには程遠い現実を

つきつけられます。

 

時間経過とともに浮き彫りになる

被災者の孤立化

変わり果てた故郷への喪失感

在宅被災の悲しい現実

支援制度からこぼれ落ちた人々の苦悩

復興の象徴と位置づけられるものの影で

延々と続く希望のない生活…。

行き渡らない心のケア…。

 

国の最高責任者は

福島には立ち寄らず

他県の開通した道路や電車

スポーツと商業施設の視察だけで

復興状況を把握したつもりでいるし

東京で行われた追悼式で

防災・減災対策を見直して

3年間?で集中的に

復興を加速?して

国土強靱化を進める

とおっしゃってたらしいけれど

決り文句のような哀悼の意に

防災・減災対策に

国土強靱化って………。

 

なんだか

白い紙と

印刷した無機質な文字の羅列

コンクリートの匂いと

冷たくて固い灰色しか想像できません。
 

時間の経過とともに

街が綺麗に整備されていく一方で

あともう少し

個々の問題に沿った

支援の見直しと継続があれば

という人々の切なる思いがある中

8年も経って

あと3年しかないのに

なぜ3年?

具体的な話は

何もないなんて。

 

日本はもともと

心の問題に取り組むことには

欧米諸国に比べ

大きく遅れをとっている国

ではありますが

災害続きの日本列島に

身を置く者として

誰もが 政治家だって

明日は我が身なのに…。