
例えばあなたが車の「フェラーリ」か「軽自動車」だとします。
どれだけ知識や能力、スキル、才能があったとしても
つまり車でいうフェラーリだったとしても
ガソリンが入ってないとどうでしょう?
ガソリンの入っていないフェラーリと
ガソリンが入っている軽自動車を比べると
どちらがよく働きますか?
軽自動車ですよね。
どんなに才能、スキル、情報、知識があっても
本人のやる気がないと効果はでません。
逆に言うと、そんなに能力や知識がなくても
やる気=ガソリンが満タン入っていたら、めちゃめちゃよく走ります!
それくらい、やる気っていうのは大切なんですね。
でも、
今年こそは英語をマスターするぞ!
絶対ダイエットするぞ!
とやる気はあるのに
このテレビを見てからやろう
ダイエットはこのケーキを食べてからにしよう、
そうやって、
ほんの一瞬で目の前の誘惑に負けてしまう。
やる気はあるけど継続できない。
そんな経験、誰にでもあると思います。
それではなぜ継続できないのでしょうか?
やる気は大きく分けて、テンションとモチベーションの二つに分けられます。
テンションは一時的であったり身体的なもので
声をだしたりポジティブ思考で乗り切る!というのがこれにあたります。
ポジティブ思考がいいから
「大丈夫、おれはできる!できる!できる!」って言い続けて自分を盛り上げても
一週間くらいたつと
「そうは言っても無理だ。誰だって文句も言いたくなる時もあるし。」ってなったりします。
テンションは大事です。
だけどテンションだけで乗り切ろうとするとしんどいんです。
もしバブルの時代で頑張ったら頑張った分だけ結果がでるのなら、なんとか勢いだけで乗り切れます。
ところがこの時代、本当にこれから先いつどうなるか分からない時に、気合だけで乗り切ろうとするとしんどくなります。
モチベーションにも二つあります。
外発的モチベーションと内発的モチベーションです。
外発的モチベーションとは、ボーナスがもらえるよとか
ここまで頑張ったら休んでいいよとか
この資格をとったら役職があがるよ
といったように、お金や休みや役職などによるモチベーションです。
このモチベーションもパワーがあるので大切です。
ただし、常に保障されているわけではありません。
頑張っても頑張っても給料があがらないこともありますし
いくらやっても休みがもらえないこともあります。
このモチベーションだけに頼ってると
うまくいかないことが続いたときに、辛くなってやる気が落ちてしまうんです。
そんな時、大切になってくるのがもう一つの内発的モチベーションです。
内発的モチベーションは
「自分は何のためにこれをやってどうしたいのか」といったように
静かで長期的で心理的なモチベーションです。
この内発的モチベーションについては
モチベーション3.0という本に詳しく書かれているので
深く勉強したい人にはおススメです。

*****本文抜粋*****
コンピューター同様、社会にも人を動かすための基本ソフト(OS)がある。
〈モチベーション1・0〉…生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOS 。
〈モチベーション2・0〉…アメとムチ=信賞必罰に基づく与えられた動機づけによるOS。
ルーチンワーク中心の時代には有効だったが、21世紀を迎えて機能不全に陥る。
〈モチベーション3・0〉…自分の内面から湧き出る「やる気!=ドライブ!」に基づくOS。
活気ある社会や組織をつくるための新しい「やる気!」の基本形。
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例えば、自分の目標が明確になったとして
その場所につながっている2つのエスカレーターが目の前にあったとします。
一つは下りのエスカレーター、もう一つは登りのエスカレーターです。
どちらのエスカレーターを使いますか?

愚問ですね(笑)
それじゃあこれはどうでしょう?
『距離の短いくだりのエスカレーター』と
『ゆるやかで距離のながーい上りのエスカレーター』
どちらを使いますか?
多くの人は「早く成功したい」「すぐに結果が欲しい」と思うあまり、
ついつい最短距離を進もうとしてしまいます。
くだりのエスカレーターを駆け上がるから
どんなにやる気が沸いてスタートダッシュをかましても
到達する前に疲弊してたどり着きません。
登っても登っても下がってくる。
9割のところまで登っても
最後の最後でだめだ~ってさがって元の場所に戻ってしまう。
つまり、ありたい姿、なりたい姿は明確なんだけど、
それに向かう行動が辛い、きつい、しんどいって状態だから続かないんです。
ダイエットもそうです。
やせた後、かっこいい彼氏を作ったり、着たい服を着れてる自分を
イメージするととてもステキなんだけど、
食を減らすのが辛い、きつい、苦しい。
そして我慢を続けられずに目の前のケーキをパクリ!
これは下りのエスカレーターを登ってるようなものなんですね。
だから、最短距離にこだわらず
ちょっと遠回りかもしれないけどワクワク楽しめる方法を選んだほうがいいんです。
もしくは、くだりのエスカレーターをのぼりのエスカレーターにしちゃうことです。
天才と呼ばれる人や上手くいく人は
才能に恵まれていることももちろんですが
登りのエスカレーターを登っているから楽しそうに目標を達成していきます。
ほっといてもやる人というのはこういう人です。
ごくごくまれに、嫌いなことでもすごーーく我慢して乗り越えて
急によくなる人はいます。いないとは言えません。
ただ、多くの人はそういう人の成功談を聞いて
自分も同じようにやってうまくいかず
「私って本当にダメな人。あの人みたいには出来ない」って
自分のことを余計に嫌いになっちゃったりします。
僕にもまさにこの経験があって
ある人と自分を比べだしてから本当に自信を失い
自分を小さくして、何かにチャレンジするのが極端に恐くなりました。
その時期はまったく成果もついてこないし
なにより普段の生活が楽しくなくて本当に辛かったです。
それではどうやればエスカレーターを登りにできるのでしょうか。
それは、あなたが行おうとしている行動に対して
行動しているとき=快 行動していないとき=不快という意味づけをすることです。
ユダヤ人は天才が多いと言われています。
DNAが優れているのかどうなのか
本当のところはよく知りません。
ユダヤ人は赤ちゃんの時、おじいさんの暖かい膝の上にのせられて
美味しい飴をなめながら、心地のいい声で聖書を読んでもらうそうです。
すると本を読むことと“快”が結びつくのです。
本を読んでるときは、美味しい味、いい香り、心地いい声、そしておじいさんの愛を感じれる。
すると、本を読むのがたまらなくなるんです。
あんな未来を掴むために本を読むのではなく
本を読むことが“快”になっているのです。
これがほっといても勉強してしまうような、登りのエスカレーターです。
自分はくだりのエスカレーターを登っているかも、、、
と思う方は、登りのエスカレーターに乗り換えてみるといいと思います

最後までお読みいただき、ありがとうございました

明日も更新しますので、よかったら読んでくださいね。