『夜を駆ける』と『夜に駆ける』 | CUKUP BAHAGIA

『夜を駆ける』と『夜に駆ける』

2023年になりました。

私は絶賛喪中中なので、ヌルッと新年を迎えました。


年末には立川の激混み伊勢丹のフロマジュリーヒサダで麗しのモートリュフと24ヶ月熟成のコンテを購入しました。


美味しいバゲットと頂きたかったのだけど、夫の歯の調子が悪く(治療中)、伊勢丹の一階にあったメゾンカイザーでチャバタを買いました。


チャバタ、美味しかった。


妊娠中はフレッシュチーズは禁忌だったので、産後にご褒美として購入する約束が気がつけば1年8ヶ月になっておりました。






これが、本当美味しいのなんの。

至福でした。


3500リットルの輸血に耐えた産後の私、お疲れ様。

約一升瓶2本…生きててよかった。


大晦日には夫の実家で、ふるさと納税の毛蟹を義母と夫と3人で貪り食い、秋田出身の義母の絶品きりたんぽを頂きました。


年始は義弟の一家と義母とこれまた夫の実家で、手巻き寿司と秋田出身の義母の絶品納豆汁を食べました。


今年は年末年始が短いので、友達とはなかなか会えなかったけれど、食べ物的には充実しておりました。



本日の日記のタイトルはスピッツとYOASOBIの楽曲のタイトルです。


それぞれ好みがあると思いますが、一文字違うだけで夜という時間に焦点があったり、夜という空間に焦点があったり、面白いなぁと思いました。


私はスピッツのファンであるので、スピッツの歌詞の方が詳しいのだけれど、この歌詞はとても足元おぼつかなく、興味をひく歌詞です。


決してネガティブな内容ではない歌で、亡き母の好きな曲の中のひとつでした。


母は強がりを研いで研いで強がりを超えて鋭利な刃物にするタイプの人間でしたが、人に対して攻撃を加えるほど他人に興味はないようでした。


亡き母を思い出すと、ここまで人に興味を持たない人はいないのではないかな、と。


人に興味がないというのは、群れない、絡まない、かと言って人見知りをするわけでもない、人に好かれようとしない、かと言って嫌われようともしない、メンタル的に超安定型ではないかな、と思います。


話がそれました。


一方、YOASOBIの『夜に駆ける』は自殺、心中の歌と解釈をされているのですね。知らなかった。(というか、歌詞を噛み砕いて聞いてなかった)


聞けば聞くほど、それの歌。

恋愛の曲かと思ってた。


脈絡のない話になりましたが、2023年は引き続き投資の勉強、格安スマホに変更、あわよくばダイエットを目標に。


コロナさえ少し落ち着けば、北海道に行きたいなぁ。


今年こそ脳の萎縮を食い止めるために少し文章を書きたいものです。