こころよ ではいっておいで | CUKUP BAHAGIA

こころよ ではいっておいで

こころよではいっておいで

しかしまたもどっておいでね

やっぱりここがいいのだに

こころよではいっておいで


八木重吉、家族の愛の詩が

とても美しくってわなわなしております。




先日、父が倒れ、意識のないまま2ヶ月入院しています。


私は地元と、夫の転勤先の岐阜を行ったり来たりする生活になります。


入院先はコロナの影響で面会も出来ず、次、父に会う時は危篤の時であろうか、といった感じです。

すごい時代だ。


このまま、新規患者数が減っていれば、段階的に解除になる可能性もありますが、本当に世知辛い世の中であります。


父に何かあった時は、私が最期の時まで面倒を見るのは、先に亡くなった母との約束なので、それを全うする予定ですが、面会出来ないので、とりあえず、父の大切にしていた庭木や草木の手入れをしています。


父の意識がなく話すこともできない、会うこともできないのは、悲しいことですが、父の大切にしていたものの手入れをすることで、私の心も癒されるようです。


それが植物なもので、なおさら。



植物は手を入れれば、綺麗に育ちます。

剪定や切り戻し、やってみると手を入れたものは綺麗な形に育っていき、なるほど、土をいじるという事の結果は一夕一朝では出ないものの、確実に返事をくれるものだな、と感心しております。



歳をとったのだな。





父が心肺停止になってからも、死なずにまた心臓を動かしたからには、この時間を無駄なものにしてはいけない気がしています。


意味があるものにするのも意味がないものにするのも、自分の気の持ちよう次第なので、この父が眠ってる時間が何かの意味を持つように、少し精進していこうと思います。



そして、父の残したエンディングノート的なものが、保険やら何やらを把握するのにばっちり役に立っているので、私もきちんと息子のために用意しようと心に決めました。



そして、毎日楽しむ事。


父が倒れてから、夫とのチャンネル争奪など、無駄な喧嘩は一切なくなりました。


明日、倒れるかもしれないのに無駄な時間は必要ない、と思えるようになりました。



伊坂幸太郎の本の中に、人間はいつでも自分が死ぬことを棚にあげている、と言う有名な一節があるのですが、身にしみます。




さあ、年末に向けて、キチンと朝起きて、キチンと部屋を綺麗して、キチンとおせちを用意しよう。