自由な人 | ブログ

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夢は先送りしないで、働きながらも、毎日がパラダイス生活

久しぶりに何も書くことがない

何もやることがないというのも退屈でしんどい

だから人はいつも楽しいことを追求する

しかし それもお金がかかるし 仕事もある

スポーツとか読書とか趣味に あるいは仕事に

没頭するのも 要するに 退屈しのぎだろう

それで大金持ちになったり達人になったりすれば一石二鳥

そうなったとしても努力の賜物ということでもなかろう

人より抜きんじてすごい記録を打ち立てたり大発見をした

としても自慢するようなことではない

人の行いに自慢出来るようなことがあるのだろうか

もっと言えば 生きること自体に意味があるのだろうか

身体が 生きるという 強力な仕組みになっているから

生きているだけだろう 世の中が嫌になって自殺する人も

その仕組みに耐えられないから 安楽自殺を考える

人生に意味があるとすれば 他者に迷惑をかけることなく

自由に生きることだろう そこに究極のパラダイスがある

でも 自由に生きることも 簡単なようで簡単ではない

感情という本能的な縛りというか ハンディキャップがある

感情から自分の心が解き放たれなければ自由になれない

そういえば 今日はあるトラブルがあって その問題の人に

改善を要望したのだが 平常心で交渉するのは難しかった

選挙公約と逆のことをした政治家に反省を求めるような感じだ

元々 正しいことに関心がない者に 反省を迫っても通用しない

ある意味 正しいことにこだわらない生き方も気楽でよい

正しいことにこだわるから 恥ずかしい感覚も生まれ

人の行動も気になる 何にも動じない自由な心には

正義も悪もない 何でも肯定して 腹も立たないのか

でも正しさは隅々まである こだわることなく

その流れに乗れば超えて行くけど こだわると沈む

現実には あらゆるものが存在している

だから 共通の常識があるということもなく

常識では説得できない だから自由になるには

常識に囚われてもいけないのだろう

如何なる敵とも楽しくなるような話ができ

議論をしないで 自ずと問題が融解しているような

絡んだロープを海に放ると 自然に解けているような

自由とは そういうものだろう