電動自転車をレジデンスの入り口の邪魔にならない場所に置き、

 

階段を上がった。

 

4階建の造りのその建物にはエレベーターはない。

 

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最近壁の塗装を直したようだが、それでもまだ何とも言えない雰囲気が漂っており、

 

どことなく足が重い。

 

ここに一歩踏み入るには、少しの覚悟が要る。

 

心を決めて私は谷山レジデンスに足を踏み入れ、四階までゆっくりと上がって行った。

 

ほぼ空き部屋なんだろう・・・。

 

静まり返っている。

 

3階の小さな踊り場で、巨大な蜘蛛がお出迎えしてくれた。

 

4階に着いた。

 

何処も此処も人が住んでいる気配がない。

 

あ・・・どこからか男性が子供を叱る声がする。

 

いるんだ・・・。

 

そっと当番バッグを渡す部屋の前で明日を止めると、その部屋から漏れ聞こえる声だった。

 

「いい加減にしろよ、おまえ」

 

という声の次に、ガッシャンと何かの割れる音がした。

 

驚いて足がすくんだが、とにかく原則手渡しのこのバッグを渡すという仕事を全うしなければいけない。

 

思い切ってチャイムを鳴らした。

 

ピンポーン・・・

 

まるで鋼のような金属音のチャイム音がこちらにも聞こえた。

 

つい今まで怒鳴り散らしていた男性の声はピタっと止んだ。

 

中から子供の泣く声がする。

 

出来るだけ声を殺して、「泣くな!クソ!」と言う男性の声がした。

 

子供の泣き声はシクシクとしゃくりあげるような泣き声に変わる。

 

中から人は出てこない。

 

錆びた鉄のような玄関ドア-についた小さな郵便受け窓からバッグを入れようか・・・

 

バッグをそっとそこへ入れようとしてみるが、バッグの方が大きく入らないことがわかり、

 

数回チャイムを鳴らしても出てこない山下さん(仮名)の御宅の玄関ドア-の取手にそっとぶら下げておいた。

 

中には明らかに人がいる。

 

大人がいる、子供がいる。

 

中で一体何が起きているのか・・・。

 

安易に想像が出来た。

 

「たじゅけてください・・・」

 

そう訴えながら泣く子供の声がする。去年までは見かけなかった名前であることから、

 

新一年生と思われる。

 

このまま帰っていいのか?

 

でも私に何が出来るのか。

 

考えて考えた末に、私はレジデンスを出た自転車置き場でスマホを握り、

 

“児童虐待 通報先”と検索をして、電話をかけた。

 

挨拶の当番バッグもかけてきたし、実際に玄関前まで行ってチャイムを鳴らしたので、

 

ひょっとしたら中から私を確認されたかもしれない。

 

当番表を見ればバッグを置きに行ったのが私であることは一目瞭然だ。

 

それでも、何となく匿名で通報をした。

 

あの子供の声が耳から離れないでいる。

 

だからここには来たくないのだ・・・

 

私が出来ることはこんなことぐらいだ・・・。

 

見て見ぬふりをするよりは後悔しない結果になってくれることだろう。

 

そう願っている。