隣県に入り、山道を上がって行くと綺麗な渓谷が見えてくる。

 

まず低い場所に橋が架かっており、

 

さらに上がると、さらに橋が架かっている。

 

橋の袂に軽自動車が停められている。

 

「あ・・・この車・・・」

 

美晴が言う。

 

その車のすぐ横に私たちの乗る車を停めて車内を覗いた。

 

よく取引先でもらう社名の入った白地のタオルだけが置かれてあった。

 

人はいない。

 

「これ、タカ(美晴の旦那)の弟の車・・・」

 

「うん、この辺探そう!」

 

橋から下を見下ろすとそこまで高さは無い。

 

高さはないが、草木がうっそうと茂っており、むせ返るような草いきれだ。

 

「ハル!!!ハル来て!早く!ハル!」

 

慌てて美晴の場所まで行くと美晴が下方面を指差し、

 

「あそこ・・・」

 

という。

 

見れば男性が草木を掻き分けながらこちらに這い上がっている。

 

・・・・。

 

顔面は血だらけで、それが誰であるのかまだ認識出来ない。

 

男性までの距離はまだだいぶあるが、ハァハァという荒々しい息遣いだけはここまで聞こえてくる。

 

いずれにせよ救急車呼ばないと!

 

救急車は美晴が呼び、私は着の身着のまま橋の欄干に上り、そっと下りた。

 

高さはそんなにない。正気の沙汰ならこんな場所からじゃ死にきれないことぐらいわかる。

 

怖いのはマムシとか野生動物くらいだろう・・・。

 

血まみれの男性の顔が少し把握できた。

 

恐らく、美晴の旦那さんの弟さんだ。間違いない。

 

結局、彼は隣県の病院に搬送され、怪我の治療を受けるため入院になった。

 

一命は取り留めた。

 

美晴は泣きながら旦那さんに電話をするがなかなか繋がらないようだった。

 

折り返しの電話で泣きながら事の経緯を伝えている美晴は、

 

「良かった・・・良かった・・・」

 

と何度も言っている。

 

会話の出来る状態だった弟さんが自らの言葉で

 

「死のうと思った」

 

と言っていた。

 

夏の暑い季節だったので、カンピロバクター感染で左足を切断してもおかしくない状態だったと医師は言う。

 

後から分かったことだが、彼は二度もその場所から飛び降りていたという。

 

それでも、上ってくる途中で亡くなったご自身のお父様の声がして三度目は思い留まったのだと言う。

 

***

 

頻繁に起こるわけではないが、

 

私はこういう出来事を何度か身近な人を通して経験してしまう。

 

その度に寿命が縮まる思いがする。

 

以後弟さんは無事に退院し、奥様とは離婚したという。

 

まさかあのおとなしそう~な第一印象の女性が男性に暴力をふるうような人だったことに最も驚いた。

 

人は見た目によらないな・・・