私が小学生の頃、通学路の土手沿いに一軒のボロボロの家があった。

 

庭には草が生い茂り、手入れもろくにされていない。

 

緑のその雑草は生命力をこれでもかと漲らせ、空へと伸びていた。

 

そこで立ち話などしようものなら、夏は軽く十か所は蚊に刺されるのだ。

 

その家には、腰の曲がったお婆さんが一人、そして、猫が十数匹ほどいた。

 

腰の曲がったそのおばあさんが、いつも甲斐甲斐しく猫の世話をしているのを見ながら登校していた。

 

その家の外には釜戸のようなものがあり、

 

そこで何かを煮炊きしているようだった。

 

辺りに漂う鍋からの湯気とは似つかわしくないほどの、悪臭が、その家からは放たれている。

 

洗濯機もないような雰囲気で、

 

窓ガラスも割れている・・・。

 

冬は寒かろうに・・・と子供心にそう思いながら歩いてその家を横目に登校した。

 

子供だったことから、その家の事情やおばあさんの素性など全く知ることもなかった。

 

ただ、猫が飼えなくなった人が、そのおばあさんの家に猫を預けに行く(捨てに行くらしいよ)という話は、

 

当時から聞いていた。

 

あれからもう三十数年が経っている。

 

その家は取り壊されてこそないが、おばあさんはとうに亡くなっており、家は綺麗に建替えられている。

 

庭も手入れがしてあり、子供の背丈ほどあった雑草など今は一つもない。

 

私はヒロシと再婚し、自営業の妻になった。

 

ある日、ヒロシがいつものように仕事を語る。

 

「あのな、〇〇(←地名)に、ボロボロの汚らしい家があったの知ってるか?」

 

と聞いて来た。

 

まさに、あの猫ばあさんの家のことだ。

 

「知ってるよ。だってあそこ通学路だったもの。毎日通ってた。臭かったんだよ~!」

 

と言うと夫は言う。

 

「わしはあそこへ工事を頼まれて家の中に入ったことがあるんだ。中はもう汚いなんてもんじゃなくてな、猫の食う物も婆さんが食う物も同じなんだよ!それでワシが廊下に出ようとしたら、床が抜けてなwww、婆さんは引っ張り上げて助けてくれたんだぞw」

 

と、言うのだ。

 

ヒロシは人を見た目で判断しない。

 

どんなに見てくれが汚くても不潔でも怖くても、簡単に話しかける。

 

そこは私と似ている。

 

夫は猫ばあさんと仲良くなっていたらしい。

 

当時の夫は24歳ぐらいだったと言う。既に今の家業を手伝っていた歳だ。

 

そして、

 

猫ばあさんの人となりはこうだ。

 

若い頃はとても美人で資産家でお金持ちの一人娘だった。

 

親が決めた結婚相手と若くして結婚し、価値観が合わず結婚して1年もしないうちに家を出たのだという。

 

そして猫ばあさんの家に戻ってきたのだという。

 

猫ばあさんの家はご両親の持っていたおまけのような家だったという。

 

以後そこにずっと独りで暮らしていたらしい。

 

誰と再婚することもなく。

 

「あたしはお金はたくさんあるのよ。でも今更何に使うってことでもないじゃない?あなた、若いわね。あたしと結婚でもする?金は余るほどあるのよ」

 

と、なんとヒロシは猫ばあさんに結婚話を持ち掛けられたらしい。

 

ヒロシはヒロシらしくきっぱりと断ったと言うw

 

まさか猫ばあさんの人となりを、ヒロシを通して知ることになろうとは・・・。

 

狭い地区の話ではあるが、

 

当時8歳だったわたしがランドセルを背負って通った土手の景色と猫屋敷と猫ばあさんとあの家の匂い、

 

それらが全て繋がったのだ。

 

猫ばあさんはひとりでひっそりと死んだらしい。

 

誰に葬ってもらうこともなく・・・。