若い頃はそれはそれは楽しみにして着飾って出掛けていた今日という日。

 

ハリーという彼とお付き合いをしていた頃にレストランでプロポーズを受けた。

 

出入口で片膝たててリングをパカっとしているものだから、

 

見ず知らずの人たちに携帯で写真を撮られた。

 

それはもう、喜びのメーターは最大値を振り切り、自分自身もハリーと結婚するのだと思っていた。

 

が、運命なのか宿命なのか、現実というものは時として大きな残酷を私に贈ってくる。

 

「ギリギリまで友人たちにも内緒にしよう」

 

と二人で言い合っており、私が唯一その約束を無視して先走って言ってしまったのは、美晴だけだった。

 

だから美晴は私のすべてを知っている。

 

本当に何もかも。

 

みっともない姿、何百人の前で表彰を受けた私の過去の栄光、そしてどん底につきおとされたあの日のこと・・・

 

どのシーンを切り取っても、美晴は知ってくれている。

 

プロポーズを受けた数ヶ月後に、ハリーとの結婚話は破談になった。

 

光に包まれていたあの日々から、突如として余命を付けられた男についてきてくれるなと、

 

私は捨てられた。

 

どんなに説得してもダメだった。

 

それが彼の精一杯の優しさだったのだ。と思うことにする。

 

あの日のことはよく覚えている。

 

小説などでよく目にする“時が輝く”という表現があるが、

 

あれは比喩ではない。

 

私はあのときあの日々に確かに時の輝きをこの目で見てきた。

 

ハリーを包む空気感や存在感、周囲の人々どれをとっても太陽のようで

 

温かな存在だった。そして笑った顔は太陽そのものだった。まさに、ハリーとの時間そのものがいつも輝いて見えた。

 

彼の笑顔だけで、私も笑顔になったし、周りの人々も笑顔にする力があった。

 

破談になった日から、驚くことに7日間も何も食べずに過ごし

 

いい加減美晴に引っ叩かれた記憶が鮮明に残っている。

 

もう少しで病院に送られるところだった。

 

我ながらよく立ち直ったなと思う。

 

ハリーのお母さんの髪の毛をよく切ってあげてたのだが元気にしてるのだろうか。

 

ハリーのお母さんとパイを焼いたのだけどこっちにはあっち仕様のオーブンが既設されていないので

 

もう作っていない。

 

どの季節にも、悲しい思い出と幸せな思い出がある。

 

私だけではない。

 

きっと、あの道ですれ違う人、この道ですれ違う人々それぞれに、それぞれのストーリーがある。

 

でも今の夫だけは、大けがをしながらも日々元気でいてくれている。

 

私よりも16も年上だが、元気でいてくれている。

 

ほんっとにありがたい。

 

今日は夫に伝えようと思っている。

 

「元気に生きていてくれてありがとう」

 

と。

 

イブなのだからいいよね。