こんな風に私は死別をして母子家庭になったのだ。

 

悲しみという感情は、時間を重ねるごとに深いものに変わった。

 

あの時に涙を流せなかったからなのか、ずんと深く鈍く重い荷物が胃袋の奥底に置かれているような、

 

そんな気分だった。

 

そしてその荷物が腐っていく。一定の期間が経過すると腐って、体調を崩し、嘔吐する。

 

私の謎の体調不良はこの頃を機に若干重くなった。

 

精神的なものなのだろう。

 

それでも私は鬱の診断は受けていない。

 

なんとも強い自分なのだろう。

 

男性など要らないではないか。

 

そんな風に思って、まだ歩くことも出来ない長女を抱っこして一人泣き笑いをしたこともあった。

 

誰にも会いたくなかったそんな期間も、私の友達はそっと心だけ寄り添ってくれていたのだと知る。

 

一歩外に出てパパに小さな手を引かれながら歩く子供を見ると、

 

長女を思い可哀想で涙が出る。

 

肩車をされている子供を見れば、長女を思い、涙が出る。

 

そんな月日が暫く続いた。

 

私の結婚出産、死別を知らない友人や、かつての彼氏から連絡があったこともあったが、

 

全てスルーしていた。

 

なんと返事をしたらいいか、言葉が見つからなかったし、空元気を振る舞う気力もなかった。

 

それでもやはりこの世は諸行無常なり。

 

たかだか私一人の人生の指針が転換したからといって、時間が私を待ってくれるわけでもなく、

 

救世主が現われるわけでもない。

 

悉く、現実とはこんなものだと、冷めきった考えを持つようになってしまった。