幼い頃から好奇心旺盛で、まるで尻尾を振ってついてくる犬のようだと言われながら育ったと聞いている。

 

当然だが、私にそのような記憶はない。

 

3mはあろうかという塀に上り、その塀の上をまるで平均台の上を歩くかのように歩いていたという。

 

聞いて驚くなかれ。3歳児の頃の話だそうだ・・・。

 

外に一人で子供を遊ばせるな!この非常識な親め!!

 

という時代ではない。寧ろ、子供が外で遊んでいないと、「あの子は体でも弱いのかね?」と近所のお年寄りに聞かれるほど。

 

そんな時代だったのだ。

 

そして私は多聞に漏れずその塀から落ちてしまったという。

 

下はドブになっていたことで私は大きなケガもなく、ただただ泥塗れになり、悪臭を放っていただけだったという。

 

泣いてもいなかったというから驚きである。

 

母は近所の方から大声で呼ばれ、庭で植物をいじっていたところを慌てて私を助けに走ったという。(遅いぞww)

 

おおらかで、朗らかで、小柄で、よく笑う、肌の真っ白な母である。

 

目はお人形のようにクリクリしており、小さめの口。

 

身長は151㎝ほどしかない。

 

そんな母は、私たち3人の子供(私・妹・弟)を、感情で怒ることを一切しなかった。

 

ガミガミ言われた記憶は何一つない。

 

驚くことに、「勉強しなさい」と言われた記憶までも一切ない。

 

それが良かったのか、私はかえって自分のことは自分で責任もってせねば・・・と妙な責任感が芽生えていたのを覚えている。

 

勉強も嫌いではなかった。

 

自分が母になってみて、ことさらに、母は偉大だと思い知らされている。

 

私も妹も弟も母が大好きである。

 

いつだって自分のために生きていない。

 

自分のスカート1枚買うことを、1ヵ月も迷っているのだ。

 

迷う期間が長いので、季節変わってるじゃん!!とツッコミを入れたこともあったほどだ。

 

そのスカートは私が母にプレゼントした。

 

父は父で、母が何も言わない分、しつけ的な部分では厳しく言われたが、(姿勢・身なり・食べ方・立ち居振る舞い等)

 

勉強しろとは一切言わなかったし、溺愛してくれていた。

 

余談だが父はどこの俳優さんかというほどの出で立ちをしている。

 

幼い頃からイケメン長身の父を持つと、それが当たり前だと思って過ごすため、

 

世に言うずんぐりむっくりの一般的なおじさまを見ると、自分の父に優越感を抱いていた時期もあった。

 

 

 

 

 

このように、両親からは溢れんばかりの愛をまっすぐに注いで育ててもらった。

 

好奇心旺盛の私がやることなすことを、「やめろ」と止めることなど一切せず、

 

よくぞ好きなことを好きなだけさせてくれたなと感謝でいっぱいである。

 

今でもそんな両親とは仲が良く、日頃からメールで近況を報告し合っている。

 

幼少時に私たちがしでかした失態を、今は家族皆で大笑いしながら話している。

 

 

 

 

 

そんな両親がそろそろ結婚記念日である。

 

私たちを産み育ててくれた父と母に、何かプレゼントをと思っている。

 

旅行でもプレゼントしようかなと。

 

一度大病を患った母だが、奇跡的に手術が無事成功し、術後もう7年経っている。

 

いつまでも健康で長生きして欲しいなと願って止まない。

 

 

 

 

以上、ひだまりのような私の母と、

 

存在感そのものが魅力的な私の父のお話。

 

お粗末様でございました(﹡ˆᴗˆ﹡)