ヒロシと再婚して間もない頃のこと、
私はヒロシのことを持て余していた。そもそもこんな珍種は初めてで、どう対応したらいいのか分からなかったのだ。
ヒロシを紹介してくださったのは、御年70代の女性の方だった。
何を言っても私を認めない夫ヒロシに、私はイライラを隠せなかったし、自分の器量の無さも薄々感じていた。
こんな珍種を私に紹介してきた知人に、ほんのりと心の刃を向けたこともあった。
どう足掻いてもヒロシは、箸にも棒にも掛からない男だと思っていた。
自分だけの知恵では到底乗り越えられないと判断した私は、珍種ヒロシを紹介してきた知人にこっそりと悩みを打ち明けたことがあった。
するとこうだ。
「ハルちゃん。ヒロシ君はね、確かに思ったことはすぐに口に出す。脳内のフィルターを通すことなく、思ったことはすぐに言葉にするよな?
確かにそういう人やね。でもね、根っこの部分はいい人。ちゃ~んと、魂の綺麗な人だ。それが分かるようになるまでは、ハルちゃんが
修行しないといかんね。結婚決めたの自分でしょう?」
まるでまんが日本昔話でも始まるのかと思うような語り口調で、このように言った。
また、ヒロシを幼い頃から知る近所のお爺様も、似たようなことを言った。
私は本気で落ち込んだ。
私だけが夫という人間の良さを理解できないでいるのだと思ったからだ。
まだ結婚して1年も経たない頃の話だ。
箸にも棒にも掛からない、どうしようもない男だ、社長のくせに。
と思っている私に対して、周囲が夫を判断する目は思いのほか、いいものだった。
「確かに口は悪いが」←必ずこの一言はおまけのようについてきていたが、人間性まで否定するようなものはなかった。
*
さてどうしたものか。
私は落ち込んだ。ひどく深く落ち込んだ。
色々な経験をそれなりに積んで、自分の考えがある程度の経験の基づいたものだから、という変なプライドがあった。
しかしそれが、まさにこのとき、ゆっくりと音を立てて崩れていくのを感じた。
私が積んだキャリアも、経験も、「妻」という仕事をして行く上で何の意味も持たないように感じた。
ある日の晩のこと。
落ち込んだ私は仕事を終えて帰宅した夫に言った。
「おかえりなさい。」
おかえりなさいと言った瞬間に体の力が抜けて絵に描いた様にがっくりとソファに腰かけた。
腰を掛けたと表現するよりむしろ、立っていられなかった。
「ねぇヒロシさん。私すごい落ち込んでる。何をどうしたらいいか分からない。」
「何があった?」
「特に何もないんだけど・・・今まで自分が積み重ねてきたものが、全部間違ってたような気がして、
自分自身がすごく汚いように感じてる。なんでこんな私と結婚したの?ごめんね」
このとき、夫は私の言葉に色々と驚いていたらしい。
夫は言う。
「ハルはおそらく、今まで経験してきたもの見て来た物が魂に汚れのようにこびりついているだけで、
それを払いのけたら、きれいなものが残っとると思うぞ。だから俺もハルと結婚したんじゃないかと思うぞ。」
この時わたしは長女と夫の前で泣いたと記憶している。
嬉しかった。
今までは私の容姿などを気に入ってもらい、交際して色々な高価なものを与えてもらってきた。
生地からブラウスをオーダーしてくれた彼もいた。
嬉しかった。
でも、この時のヒロシの発言ほど嬉しいものはなかったかもしれない。
私の魂を愛してくれたの?
そう思えたからだ。
私が私の見た目でなくなったときも、魂はきっと私のままだ。
老いても、事故で少し見た目が変わったとしても、きっとこの夫は私を好きだと言い続けてくれるのだろう。
そう思った。
夫は口が悪いので、私もそれに乗って腹を立てたりしてきたことで、
この根本を見失いそうになることがある。今でもある。
ヒロシは誰よりも私の魂を好きになってくれた人なのだということを。
消えてしまえばいいのに・・・と思うたびに、このことを思い出さなければいけない。
他人曰く、夫の魂は綺麗なんだそうな。
さもあろう。
人にどう思われようが、私のしたいこと、欲しい物を手に入れようとしてくれる人だ。
そのやりかたが不器用すぎて、笑ってしまうが、
そもそもこういう人間なのだ。
珍種は珍種でも、魂が綺麗な珍種なのである・w・
褒めているのかけなしているのか謎になったところで、この回は締めることにしようw
私もちゃんとヒロシを尊敬している。